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< 双月 >
- On the night before the decisive battle -

第1話 『銀の月』

リディアと二人――女だけの酒宴。
お酒の入った他愛のない雑談や姦しい会話の中で
ローザは今までにない喜びを噛みしめていた。

だが、楽しかった時間も峠を過ぎ――


Phase-2 迷想の行方


「ねぇ、ローザ……」

話が途切れ、私たちの間に音楽だけが流れていたとき、
リディアが沈黙を破って問いかけてきた。

思いの外、しっかりとした口調――
カウンターに伏せていたので酔いつぶれていたのかと思ったけど、
どうやらそう言うわけではないらしい。

「なに?」

私は優しく聞き返す。
するとリディアは、自分の手で組んでいた腕枕の上に頭を載せたまま、
とろんとした目でこちらを見た。

それを見返して、私は怪訝な顔になった。

彼女の瞳から、先程までの酒気に澱んだ色がいつのまにか消え、
この上なく直向きなモノになっていたからだ。

「セシルたち……明日、往っちゃうね……」

そう、ポツリと零す。

一瞬固まった私は、リディアが何を言いたいのか察して、
何も言わず、ただ小さく頷いた。

そう――
セシルたちは、魔導船への物資の積み込みを終え次第、
明日の昼には強大な敵の待つ彼処へ向かうだろう。
今、窓の外で煌々と輝く、あの月へ。

――私たちをこの地に置いて、決戦の地へ。



  『僕も、月に往く。
   だけど……今回の旅は、還ってこれる保証は何処にもない。
   それにみんなを守りきってみせるという自信もない。
   だから、君たちはこの星に残ってほしいんだ』

  ――それは崩壊する巨人から逃げ出した直後、
  月に向かうと言ったセシルが、私たちに向かって口走った言葉だ。

  私とリディアは一瞬、その言葉の意味がわからなかった。

  『ゼムス――元凶は月に在る。
   だから、月の民の血を引く僕は往かなければならない。
   でも、みんなは違う……この青き星の民だ。
   この星の人に降り掛かる災厄は出来る限り少ない方がいいと僕は思う。
   だから、本当は一人で往くべきだけれど……。
   流石にそれが無茶なのは、分かってる。
   ――カインとエッジの二人が付いてきてくれる言ってくれた。
   僕は、彼らと共に往くと決めた。
   けれど、これだけあれば協力は充分……。
   ……これ以上、無用な危険に飛び込む人間は必要ない。
   だから、ローザ、リディア――君たちは残ってくれ』

  そんな困惑顔の私たちに、彼はそう言った。
  そして、小さく笑みを浮かべると、

  『大丈夫だ。僕達はあの人を連れて必ず還ってくるから』

  とも言った……私の目を見つめながら。

  そこに湛えられている色にハッとして、私は口を開く。
  ――が、そのときは、もう遅すぎた。

  言われた言葉の意味……それの全て悟ったときには、
  吸い込まれそうなほど澄んだ紫銀の瞳に真っ直ぐ見据えられて、
  あらゆる反論を封じられてしまっていたから。

  私は言い淀む。

  ……本当は、承伏できない気持ちでいっぱいだったのに。

  私も共に戦える。
  自分の身くらい自分で守れる。
  だから、セシルと……みんなと一緒に往きたい。
  ――そう言いたかった。

  でも、何も言えなかった。

  私は喉に出かかっていた言葉を飲み下す。

  どんな小さなことでもいい――
  私はセシルのために何かをしてあげたかった。
  でも、何もしないことがセシルのためだと言うのなら……
  私の存在が足を引っ張るというなら、私は何も言えない。

  だって私が足を引っ張らない保証なんて、何処にもないのだから。

  それだけにどんな言葉で「一緒に往きたい」と訴えても、
  この真摯な瞳の前では我が儘にしかならないと思えた。
  それに信じてあげるべきだとも思った。
  ……彼の「必ず還ってくる」と言う言葉を。

  ――並び立たない二つの想い。
  そのどちらを大切にすればいいか、私には分からなかった……。

  私は無言で立ち尽くす。
  どちらの答えにも歩み寄れず、
  正しい答え――それを見つけられないままに。

  空(くう)を睨んで、立ち尽くす……。



  ――結局、その場はカインが助け船を出してくれた。

  息苦しいほど重い沈黙の中、
  返答を遅滞させた私たちとセシルに向かって、彼は言った。

  「兎も角、一度どこか街に戻ろう。
   月では補給はきかんからな。念入りに準備を整えよう」――と。

  その言葉に異論がある者は居なかった。
  巨人内部での激戦で、ポーションなどの不可欠な物資が
  絶対数不足していたことは間違いなかったから。

  そうして、巨人の足止めに終結していた仲間たちと共に
  一端、ミシディアに向かうことが決まった。

  結論が先延ばしになって、私はホッと息を吐く。

  そんな安堵も束の間――
  交錯したカインの視線が私に言っていた。
  ――考える猶予は、それまでだ――と。

  私は目を伏せ、小さく頷いた。



ワインの紅に彩られた私の顔が、波紋に歪む。

私がずっと無言で居ると、
リディアは少し声を荒げるように言った。

「ねぇ、それでいいの? ローザは……」

良くはない。
良いはずかなかった。

でも……。

「…………」

押し黙る、疾うに温くなったワインを見つめながら。

「往っちゃうのよ?
 還ってこないかもしれないのよ?」

「…………」

「何とか言ってよ、ローザ!」

「…………」

執拗な追求に、結局私は答えなかった。
……いや、答えられなかった。

――と、リディアの沈んだ声が堅い意志を帯びた。

「あたしは……いやだよ」

「…………」

「何もできずに月を見上げて待ってるだけなんて……絶対に」

リディアの瞳の光が、炎のように揺らいだ。
その端から、透明な雫が――零れる。

「みんなを助けるために、あたし――
 いっぱいいっぱい勉強したし、魔法も憶えたよ。
 それに手伝ってくれる友達だって、いっぱいいっぱい作った。
 なのに……」

リディアは涙の筋を指で拭う。

「なのに、肝心の時に手の届かないところに居いて、
 遠くから見上げているだけ?
 結局、あたしは何もできず祈っているだけ?」

その言葉は、痛かった。
私だって想いは同じだったから。

「あたしは弱くないよ……。
 みんなの足手まといになるほど、あたしは弱くない。
 それに……何もせずに待っていられるほど、強くもないよ」

リディアはガバッと身を起こすと、私の方に向き直った。

その真剣でひたむきな眼差しに、
瞼の上で澱んでいた酒気が一気に吹き飛んだ。
私も目を逸らすわけにもいかず、真っ向から見つめ返す。

「ローザ……」

「…………」

「あたし、忍び込んででも付いていくよ」

私は目を見張った。
弛緩したように声が出なかった声帯が震える。

「リディア……!?」

「後悔するぐらいなら、意地でも付いてくっ!
 そして証明する――あたしは足手まといじゃないって!!」

刺さるような視線を向けられ、私はあからさまに顔を曇らせた。

無茶な話だった。
でも、本気であることは何よりも明らかだった。
リディアは尚も捲し立てる。

「だいたいセシルの言い方って、卑怯じゃない。
 『月のことは、月の民の問題だ』ですって?
 ――違うでしょ?
 仲間が抱えた問題なら、それはもうみんなの問題だわ。
 それにカインとエッジも狡いっ。
 自分たちは付いていくのに、あたしたちには『来るな』なんて。
 莫迦にしてるよ……二人とも……」

リディアは憤りに任せてカウンターを叩いた。

「そんなの……非道すぎるよ……」

まだ燻っている激情に肩を震わせるリディア。

彼女は、私の気持ちをストレートに代弁してくれた。
我が儘だと分かっていても、止められない想いを……。

私はその純粋さが羨ましかった。
でも、同時に……何だろうか?……私の中で不快な感情が渦巻く。

そこから目を背けるように――私はもう一度、答えを探った。

みんなの想い。
セシルの想い。
リディアの想い。
……そして、私の想い。

いったい何が一番正しく、何が正しくないのか……。

でも、それは……。
分からない、分からない……。

結局答えを出せないままに、私は声を絞り出す。

「ねぇ、リディア……」

それは思いの外、優しい声音だった。

私は幼子を宥めるような微笑みを作る――
――心にもないことを言おうとしている自分に、内心で舌打ちしながら。

モヤモヤとした何かが広がり、胸が詰まる。

「あなたはそう言うけどね……みんなは私たちのことを――」

「わかってるっ!
 そんなこと、わかってるよ……」

偽善――私の何の意味もない一般論を邪険に振り払うように、
リディアは何度もかぶりを振った。

彼女の震える肩に置こうとしていた私の手は、途端に中空で止まり、
行き場を失って自分の胸の上で拳を作る。
そして、堪えるようにくっと握りしめた。

自分が言おうとした――嫌みなほど安易な殺し文句――

それを見抜かれ、拒絶され、
自分で分かっていたけれど……それでも思い知らされた。

私は歯を食いしばるような羞恥に、リディアの顔から目を背ける。

――でも、誤魔化しだったとしてもしょうがないじゃない。
自分が我慢すればいいのなら、そうするのが一番良いはず。
わかるための誤魔化しが必要なら、私は幾らでもそうする。

「でも、それでもね……あたしはわかりたくないの……」

リディアは伏し目がちになった目を細め、そう零す。

「だって、わかってしまったら、残るしかないじゃない……。
 だけど、あたし……何もできない自分は嫌いだから……
 まだ自分にできることがあるのに、それをせずにこの場に残って、
 ただ、待ち続けるなんて……できないから……」

涙が幾筋も頬を伝う。
それは細い顎の先から、雫となって床に落ちて弾けた。

そして、それと共に零れ落ちる――

「自分で自分を嫌いになりたくない……だから……」

――消え入るような言葉。

私は耳を疑い、ハッ顔を上げた。

胸の中で疼き出す痛み――
それは憶えのあるかつての痛みだった。

私はリディアの顔にもう一度目を向けて、息を飲んだ。

(そんな、どうして……?)

そこに重なって見えるのは、かつての私。
何かを為そうとして、出来なくて……。
訪れる何かを待ち続けていた頃の、私の顔だった。

……けれど、違うところが一つ。
その瞳には決意――今のままで終わらせないという誓いが宿っていた。

それは私の見つけた……。

(それじゃ……
 私が引き留めようとしていたのは……!)

私は愕然として、もう一度リディアの顔を見据える。
沈んだ顔の中で唯一輝く、意志の光――

往くべき道を照らすような――仄かな篝火だった。



自分を嫌いになりたくない……。

リディアが言ったその言葉は、
かつての自分が望んだこと、そのもの……。

そして、それは私の見つけたはずの――真実への道標。



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