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< 双月 >
- On the night before the decisive battle -

第1話 『銀の月』

迷いは晴れ、ローザは往く道を見出すことができた。
それが正しい道行きかどうかは分からない、分かるはずもない。
けれど、それでもローザは決めた――月へ往く――と。

月は、どんな問いかけにも応じることはない。
ただ仄かな光を湛え、今も万物を平等に照らし出すのみ――


Phase-4 月の微笑


「よ~しっ! そうと決まれば、もう一度乾杯し直そうっ!!」

「ふふっ、そうね」

リディアはカウンターに身を乗り出して、
カウンターの一番遠いところでグラス拭きをしていたバーテンを呼ぶ。

「バーテンのおねーさん。
 何かモヤモヤが吹き飛ぶようなのおねがい~」

「ま、調子に乗って♪
 そんなんじゃ肝心の明日、二日酔いでダウンしちゃうわよ」

「エヘヘッ♪ だいじょうぶだいじょーぶ」

「それじゃ特製カクテルをお造りしますね」

バーテンは『おねーさん』と呼ばれたからか、ニッコリと。

「わ、楽しみ~」

リディアは、やったぁ~とガッツポーズ。
私は苦笑する。

バーテンも口元を抑えて小さく笑うと、
何やら材料を取りに奥の厨房に入っていく。
どうやら本当に特別なもののようだ。

私は、どんなのが出てくるのかと思案に首を傾げた。

――と。

突然、壁の方から地響きのような合唱が響いてきた。

隣の店だろうか?
確か隣の店も酒場だったはずだが……。
その異常な盛り上がりと凄まじい絶叫は、
壁越しだというのに耳を塞ぎたくなるほど伝わってくる。
思わず私たちは顔を見合わせた。

周りの客からも、なんだナンダとどよめきが洩れる。

「なんだろうね、ローザ」

「さぁ」

私はお手上げのポーズ。
わざわざ野次馬に行くほどの甲斐性もない。
私は、「バーテンに訊けばわかるんじゃない?」って軽く答えておく。

それから……。

…………

………

……結構な時間が経って……

ようやくバーテンが戻ってきた。
何故だろうか。酷く疲れた顔をしている。

「遅かったけど、どうかしたの?」

リディアが訊く。
カクテル用の材料を取りに行っただけなのに、と。

バーテンは、げんなりした顔で言いにくそうに、

「あ、いえ……実はこの店の厨房は隣と共用なんですけどね……。
 そっちが火の車らしくて、幾つか料理を造らされてたんですよ」

私たちは「へぇ~」と洩らす。

「お隣はそんなに流行っているんですぅ?」

「いいえ、いつもはこっちと同じようなもんなんですが、
 どうも太っ腹のお客さんが来てるみたいで……」

バーテンは「ホント、大変でした……はぁ」と息を吐く。

「それはご苦労様。
 ……確かに普通じゃないみたいね。
 さっきも凄かったわよ、騒ぎがこちらまで聞こえて」

「ええ、そりゃ~もうっ!
 賑やかなんて甘いモノじゃないですね。
 戦場ですよ、戦場。
 今日はもう厨房に行きません、私は……」

ブルリ身震いと共に厨房の惨状を思い出したのか、
寒気すら伝えてくる乾いた笑い――
そこには酷く実感がこもっていた。

その心――『命からがら』

私とリディアは顔を見合わせて、肩をすくめた。

「ま、いいわ。
 それより先に頼んでいた物、お願いね」

「あ、はい。それでは早速……」

弾かれたように返事をするバーテン。
彼女が大急ぎで用意し始めるのをチラリと見て、
私は、やれやれと苦笑を浮かべた。

――と、また隣からの歓声が聞こえる。

続く野太い笑い声。
文字通りコッチの店まで揺らす盛り上がり様……。
それはもう微笑ましいを越えて、とっくに五月蠅いの域に達している。
まったく何処の誰がこんなに盛り上げているんだか……。

私は呆れて苦笑を洩らした。

「大変お待たせしましたーっ」

ようやく出来たようだ。

私はワインを――
リディアは琥珀色をしたカクテルを受け取る。

……と、私は受け取ったワインの色つやが、
先程まで飲んでいた物と明らかに違うことに気づいた。
鼻孔をくすぐる高貴で芳醇な香りも、その違いを自己主張していた。

同じモノを頼んだのに……と、私はバーテンを見る。
すると、私にだけ聞こえるように小声で囁く。

ワインの方は、遅れたお詫びにウチの隠しワインを……。
 トロイア産の最上級品『アムリタ』です


と、バーテンは得意げに笑った。

えっ、それってまさか……。
 でも、いいの? 普通、手に入らない品でしょう?


いいんです。
 ウチの旦那が『パブの王様』でくすねてきたヤツですから


ま――

だから、内緒ですよ

し~と口に指を当てて、バーテンは微笑む。
私は了解とばかりにグラスを掲げて笑みを返した。

「なにコソコソ話してるの?」

と、リディア。私は誤魔化し笑いを返す。

「え? 別に何でもないのよ」

「そう? ま、いいや。
 それよりも、かんぱいかんぱいっ!」

「ふふっ、そうね」

私はリディアの方に向き直った。

リディアは高々とグラスを掲げる。
私もそれに倣う。
するとランプの光がお酒の揺らぎに屈折して、宝石のように輝いた。

「それでは、作戦の成功と――」

「私たちの旅立ちに――」

「それから、ついでに明日見れる三人の間の抜けた顔に――」

「「かんぱ~いっ!!」」

グラスとグラスをキィンと音高く打ち鳴らし……
たのだが、残念なことに、その音色は聞き取れなかった。

掻き消されたのだ――またも怒濤の振動となったお隣の大騒ぎによって。

さすがに今度ばかりは私も気分を害され、憤然と壁を睨む。
騒いでもらうのは結構だが、邪魔されるのは勘弁してもらいたい。

だが、睨んだぐらいで騒ぎが収まるはずもなく、
そちらの壁は、今も判別できない意味不明の大声で揺れている。
聞き取れるのは、精々「おぅ」とか「やぁ」とか……あと笑い声ぐらい。
そのほかはすべてビリビリと揺れる壁の振動に変換されてしまって……。
――と、壁に掛かった額縁がカタッと音を立てて傾いた。

「いったいなんなのよ、この騒ぎは……」

ねぇ、リディア……と振り向きかけて、

うるさい……

隣から洩れた――呟き。
聞き落としてしまいそうなほど小さな呟きだったのだが、
そこに含まれた怒気に驚いて、勢いよく視線を向けた。

声の主は当然――リディア。

私はギョッと目を剥いて、声を失う。

彼女は顔を上気させ、座りきった半眼を壁の方に向けていた。
半分になったグラスを見るに、
度のキツいカクテルのせいで顔を赤くしたのだろう。
それはわかる。

だが、その表情は……

……何故かアスラの憤怒の相に酷似していた。

(……っ!?)

私は、戦慄に柳眉と頬を引きつらせたところで固まる。
びっくりというか、怖かったというか……。
何にしろ、私は動けない。言葉も出ない。

ただ、瞬きも忘れて見つめるだけだ。

彼女は何を思ったのか、すくっと立ち上がると
比較的しっかりとした足取りで壁に向かって歩き出す。
――と、立ち止まる。
座った視線で何かを探るように手近な場所を見回す。
すると、目に留まった樫のテーブルの縁をおもむろに掴んで、
ひょいと片手で持ち上げた。

それを見ていた店内の客たちから、感嘆とも採れるどよめき。
私の思考は停止した。

…………。

……えっ!? 片手で!?

「ちょっとバーテンっ!
 あの子に何飲ましたのっ!!」

ハッと反射的に立ち上がって、バーテンに迫る。
理由はコレしか考えられない。

状況を静観していた彼女は
私の剣幕に「あはは……」と口元を引きつらせて乾いた笑いを上げた。
――と、てへっと悪びれながら答える。

「実は、カクテルにコレを少々……」

私は額に手を当てた。
それは予想通り……

「ば、バッカスの酒……」

「コレの効果を試してみたかったんですよ。
 元々酒場を始めた理由が、
 コレとバーサクの関係を研究することのついでだったんでっ♪」

「『だったんでっ♪』、じゃな~いっ!!」

思わずツッコミを入れる。

バーサク状態のリディアは、後ろで騒いでいる私を気にする素振りもなく、
壁に向かって見る者を戦々恐々とさせる笑みを浮かべる。
続いて、テーブルを軽々と振り回し始めた。

頭上を旋回するテーブルの空を切る音を聴いて――冷や汗。
私は怖いもの見たさも手伝って視線を……。

壁の向こうで高まっていく叫声に、リディアはムフフと不敵な笑み。

うわっ、こ、これは拙い。

「そ、そうだっ!」

私はハッと気づいて、急ぎディスペルを唱え始める。
そう――狂戦士化を解除すればよかったのだ。
間に合うか?

高まる壁の向こうのテンション――
高まるテーブルの風切り音――

私の脳裏に、悟りに似た思考が脳裏を過ぎる――
気づくのが遅すぎた……ダメだ。もう間に合わない。
事態を察した客の誰かが――壁にだろう――防御魔法プロテスをかける。
その機転に感謝しながらも、私は反射的に手で両目を覆って祈る。

リディアは構わず、大きく息を吸い込んだ。

「うるさぁい~!!」

――どごごごぉぉぉぉぉん!!

ああ、やってしまったっ!
願いは虚しく砕け散り、私は項垂れる。
それでも詠唱を続けていたのは褒められるべきことだろうか。

私は恐る恐る指の隙間から様子を窺った。

轟音は消え、土塗りの壁が白い砂煙を巻き上げている。
その向こうでパラパラと何かが落ちる音。
どうやら状況から見て、
プロテスで強化したにも関わらず、壁をぶち抜いたらしい。
壁際は白塵で見えないけれど、それは間違いないだろう。

――と、カウンターまで舞ってきた塵を吸い込んで、
完成寸前だったディスペルの魔法が立ち消えになってしまった。
ゴホゴホと咽せながら、私は仕方なく動静を見守る。

白塵の中、動く気配はない。
暴れ出さないところを見ると、リディアは気が済んだのだろうか?
それとも狂戦士化が解けたのだろうか?
私は、次第に晴れていく塵灰の先を見ようと目を凝らす。

――と、見えた。
幸い隣の店までは届かなかったものの無惨に開いた壁の大穴と、
その手前――グッタリと床に横たわったリディア。
そして、客だろうか……一人の老いた白魔道士。

「リディアッ!!」

私は、リディアの様子を確かめに一目散に駆け寄る。

彼女は「うきゅ~」と目を回していた。
顔色はある程度戻っているから、バーサクは解けているようだ。
これはバッカスの酒が少量だったからだろうか……。
――あ、おでこにたんこぶが。

「酒に飲まれるとは、まだまだよのぉ~。ほっほっほ」

私は、降ってきた白魔道士の笑い声に顔を上げた。

心外な言葉に、眉をハの字にして困惑顔の私。
その笑い声が余りに可笑しげだったので、思わず顔をムッとさせる。

酔っぱらって暴れたと思われたのだろうか?
身から出た錆だとでも思われたのだろうか?
――もしそうなら、
リディアの名誉のためにも訂正してやらなくてはっ!
どう考えても不可抗力だったのだから、笑われては可哀想だ……と。

私の抗議の視線に気づいた白魔道士は、目を細めて言った。

「ん? どうかしたかい?」

「……えっと、この子はバッカスの酒を飲まされたんです。
 だから、暴れたのはこの子のせいじゃ……」

「ああ、そうだろうねぇ。
 お陰でコイツが効果覿面だったさ」

と言って、杖を振った……ミスリルの杖だ。
確か幾つか魔法効果を打ち消す働きがあったような……。
どうやら狂戦士化にも効いたみたい。

白魔道士は、それを自分の額にコツンと当てる。

「ちょっと手元が狂って、ぶつけちまったがね」

白魔道士は、呵々と笑った。
他の客も釣られたように笑い出す。
その笑い声は、次々伝播して店中に広がっていく。

(な、なんで……)

何がこんな風に笑われるのか――解らない。

バッカスの酒を盛られて、暴れる……。
それは私たちのせいではないのに、何故笑われるのか?
不可抗力と解った上で、何でこんな風に笑わらっていられるのか?

私は独り、怒った顔と困った顔の中間で目を白黒させる。

「あら、まだわかんないのかい?」

白魔道士は慰めるように、諭すように私の肩に手を置いた。

「ま、これに懲りたら今度から気を付けるんだね。
 ミシディアの酒場じゃあ、何を飲まされるか分かんないのさ。
 ――なぁ、みんな!」

そう言って、ウインク――また周りから高笑が湧く。

そして、客たちは『備えあれば憂いなし』と言わんばかりに、
揃って杖を槍のように突き上げた。
あ、バッカスの酒を盛ったあのバーテンまで。

掲げる杖――どれもこれも癒し効果のある杖ばかりだ。

「…………」

私はあんぐりと口を開けた。

やっと意味を悟った。
何を盛られても文句の言えないお土地柄だというのだ。

(何て言う……)

あんまりな国民性に、私は呆れて物も言えない。
私は苦し紛れに引きつった苦笑を浮かべた。

(まったく、タチが悪いと言うか……)

脱力――ガックリと肩を落とし、諦めの溜息。

要するに笑いの種にされてしまったワケだ。
不用心にバッカスの酒を飲まされたお莫迦さん……と。
古今東西、酔っぱらいとは普通こういうモノだが……。
額に手を当てて、とほほーとなる。

未だ続く高笑の中――

私は膝に頭を預けて気を失っているリディアに視線を落とした。
カクテルのせいか、杖で殴られたせいか……。
いずれにしても、グロッキー状態の彼女に目を覚ます気配はない。

私は頭を抱え、もう一つ深々と溜息を吐いた。

(何にしても……)

疲れた顔で、つくづくこう思った。

(お酒は、当分懲り懲りだわ……)――と。



窓の外――
二つの月は、相変わらず優しい光を湛えている。

……なのに何故だろうか。

不意に見上げた私の目には
ほんの微かだけど、笑みを浮かべているように見えた。

それはドジな私たちへの失笑なのか、
それとも、やっと答えへ至る道を見つけた私たちへの
祝福の微笑なのか……。

膝で眠るリディアの翠髪を梳きながら、
私は淡い光に目を細め、小さく息を零した。



まだ夜明けは遠い……。



第2話 『蒼き月』 -久方の酒宴-
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