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< 双月 >
- On the night before the decisive battle -

第2話 『蒼き月』

月への出発を明日に控えた――夕刻。
己の為すべき事を全て為し終えて明日を待つのみとなったセシルは、
同じように手持ちぶさたとなったカインに、「ちょっといいか?」と呼び出された。
どこで知ったのか、ミシディアの街の裏道をスルスルと進むカイン。

そして、その背を追って辿り着いた場所は――


Phase-1 久方の酒宴


ここは酒場『蒼き月』――
ミシディアにある女性お断りの店だ。
だからといって、着飾った女性が同席する類のいかがわしい店ではない。
ただ純粋に酒を楽しむ……そんな店だ。

料理の味も酒の品揃えも評判で、店内はそこそこ広い。
隣にはもう一軒店を構えているそうだ。
なんでも、こちらは対照的に女性専用の店だとか。
店の名前は……何だっただろうか?
……憶えていない。
行くことは有り得ないので、別に構わないが。

まあ、何にしても――
女人禁制……こんな女性の目を気にしなくていい気軽さも、
この店が流行る要因の一つなのだろう。
僕たちが足を踏み込んだ時には、
すでに店内は慌ただしい空気が満ちていた。

――それがちょうど陽が完全に没する直前のこと。

どうやら満席寸前だったらしく、
滑り込みで角地にある最後の空きテーブルを取ることができた。
僕達がザッとメニューを流し見し、幾つかの料理を頼み終わり、
真っ先に運ばれてきたエール酒のジョッキを手にする頃には、
店の入口で空席待ちの客であふれかえっていた。
日没前に店に入って正解だったということだろう。

「さて、まずは乾杯といこうか」

「ああ」

互いにジョッキを掲げあうと、ガキンと打ち鳴らした。
そして衝撃で零れたのを意に介さず、おもむろに口へ運ぶ。

実に簡素な乾杯だが、僕たちにはこれで充分だった。

「しかし、久しぶりだな。セシル」

「ん?」

「いやぁ、二人で飲むのが……だよ」

「ああ、そうだな」

僕が相槌を打つと、カインは顎に手を当てて、
記憶を掘り起こすような仕草。

「最後に飲んだのはミシ……。
 いや、おまえの遠征前だから、あれは……」

周囲を気にしてか、慌てて言い直すカイン。
僕は、カインの配慮に感謝しつつも苦笑を浮かべた。

「ああ。だが、もっと言えば、
 人目を気にせずに飲むのは兵学校卒業以来じゃないか?」

そう訂正してやる。
カインは僕の笑っているのを見て小さく息を吐き、目を細めた。

「……それもそうだな」

そして、あの頃は何の立場も考えずにいられたな……と、
懐かしい日々を思い出して小さく笑った。

「互いに隊長となってからの付き合いは、特に気を配ったよな。
 俺は曲がりなりにも地位ある竜騎士団の隊長。  おまえは飛空挺団の隊長。
 差しで飲むのは、かなり人目を憚ったから……」

あの息苦しかった日々――

僕もカインもどんな些細なことであったとしても、
兵を預かる以上は軽々しい振る舞いを慎まなければならなかった。
それは例え陛下の信任が厚くとも、
いや、それゆえ余計に密会じみた行動は無用の誤解を生む可能性があった。

お陰で、隊長着任後に人目を憚らず酒の席を同じく出来たのは、
精々年に数回、城内で催される宴席ぐらい。

尤も、幾度か大きな作戦の前には
幾人かの心ある同僚を交えて飲みに行っていたワケではあるが……
それでもやはり、二人だけは避ける……それは絶対だった。

「まぁ俺の場合は、部下の手前もあったけどな……」

「確かに」

僕は溜息混じりに応えた。

「艦艇の拡充のために竜騎士団の予算を削っていたせいで、
 飛空挺団は多くの竜騎士たちに疎まれていたし、
 こっちはこっちで新興のゆえに
 格式の面で歴史ある竜騎士団に劣っていたから根強い対抗意識があった。
 ……だから、仲が悪くても仕方なかったんだけどな……」

少し憮然とした色を滲ませて、言葉を続けた。

「ま、ついでに言えば、
 僕自身の存在で一方的に嫌われていた節もあったけど」

思わず、自分のふてくされた物言いに自嘲の笑みを洩らす。

カインは何も言わず、無言のままジョッキの中で酒をくるくると回していた。
と、そこに何を見出したのか、淡々とした口調で零す。

「陛下の覚え目出度い、禍つ暗黒騎士殿――か」

カインは小さく噴き出す。

「でも、それが今や光輝満ちたる聖騎士殿だ。
 あの頃、散々陰口を叩いていた奴等は何て言うかな?」

茶化すカインを目で窘める。
僕はジョッキに視線を落とし小さく息を吐くと、言葉を続けた。

「それぐらいでやめておこう、カイン。
 僕はそれほど気にしていなかったワケだし、恨んでもいないさ。
 それに、あの頃の僕は実際……」

声のトーンが落ちていくのを誤魔化すようにジョッキを呷った。
カインは小さく嘆息し、苦笑で応じる。

「ま、何にしろ久しぶりの酒の席だ。
 暗い話はこれぐらいにしておこうぜ」

「ああ、そうだな……」

互いの苦笑が交差する。
そして、手にあるジョッキを飲み干した。
相手のジョッキが空になったのを見て、互いに飾り気のない笑い声が洩れた。

叫声の飛び交う賑やかこの上ない店内――

テーブルに差し向かいで座った僕とカイン。
親友同士水入らず、久方ぶりの酒とゆったりとした時間を楽しんでいた。


     ☆


「なぁ、セシル」

「ん?」

会話が途切れ、軽い酩酊感にたゆたっていた僕は、
視線だけ動かしてカインの顔を見た。

日もどっぷりと落ち、
夜空に浮かんだ二つの月の輝きが、その片側を青白く映し出す。
その顔は、僕が見たことの無いくらい神妙な面もちだった。

「なんだ、カイン」

「……あ、いや……何でもない」

カインは何故かどもると、
空っぽと言っていいほど酒の残っていないジョッキを
誤魔化すように口に当て、辛うじて滑り落ちてくる酒滴を数滴啜った。

――どうも煮え切らない態度。

その様子に、僕は小さく鼻を鳴らす。
自分のジョッキ――その中で温くなったエール酒を空にすると、
通りかかった店員に二つ追加を頼んで、もう一度カインを見た。

「らしくないな。
 言いたいことがあるなら言ってくれよ」

カインはチラリとこちらの様子を窺うと、精悍な顔に苦笑を浮かべた。
気づいていたか――そんな笑みだ。
僕が顎を杓って促すと、小さく息を吐いて切り出してきた。

「おまえ、さ……本当に、良いのか?」

「は?……何がだよ」

「何がって……」

カインは「はぐらかすな」とでも言いたげに、

「俺の言いたいことぐらい、わかってるだろ?」

それだけ言って茶化すように笑った。
僕は嘆息を返す。

そう――確かにカインの言いたいことは分かっていた。
そもそも、今日カインが酒場に誘ってきた瞬間から、
この話題が本命だと言うことに気づいていた。

だからといって、訊かれたかったワケじゃないが……。

「ローザたちのことか……?」

「ああ、そうさ」

カインは相槌を挟んで言葉を続けた。

「置いていくって宣言しちまったけど……
 おまえ、本当に良かったのか?」

はぐらかされないように念を押してくるカイン。
僕は目を逸らし、窓の外に視線を投げて、
もう一度深々と嘆息する。

そして吐き出すように……でも、ハッキリと答えた。

「ああ」

「泣かれるぞ」

「それくらい承知の上さ」

「泣くだけで済むと思うか?」

「…………」

痛いところを突かれて、鼻をひくつかせる。
返答に詰まった僕は、苦い顔で鼻息荒く睨みつけた。

「そんなこと言うなら、おまえが残って面倒見ろよ。
 僕はおまえに残っていてほしいんだぞ……彼女のためにな」

「ははっ、そいつは困るな。
 ゼムスに俺の槍をご馳走できなくなる」

カインはからかうように笑った。
僕はその顔に憤慨の溜息を吹きかける。

「結局、何が言いたいんだ?
 ローザを連れて行けとでも言いたいのか!?」

「いや、そうは言わない。
 その点、俺はおまえの意見と同じだよ。
 おまえの判断は、恐らく正しいさ」

「なら、なんで……」

「正しい、正しくないの問題じゃないってことさ。
 俺が言いたいのは、気持ちの問題だよ」

「だから僕は――」

「おまえのじゃなくて、ローザのだよ。
 ……分かってないワケじゃないんだろ?」

「…………」

反論苦しくなってきた僕は、ようやくやってきたエール酒を呷る。
ぷはっと酒気を噴き出してカインを見た。

「僕はもう決めたんだっ!」

「でも、文字通りおまえが勝手に決めただけで、
 相談して決めたワケじゃない。
 おまえが一方的に言って退けただけじゃないのか?」

「…………そ、そりゃあ」

すかさず突っ込まれて意気消沈――
これでも自分のエゴを押しつけているという自覚は有るつもりだ。
一方的と言われれば、それに対する反論は……残念だが無い。

「そうかも知れないけど……」

僕は口ごもって…………今度は開き直った。
カインにどう言われようと変えるつもりは無いのだから。

それに考えてみれば――

ローザやリディアを危険な目に遭わせたくない。
これは……そう思っての選択なのだ。

彼女たちは、すでに充分すぎるほど戦ってきた。
本来、守られるべき存在なのに、だ。
だから、これ以上危険な戦いを強いることはあってはいけない……。
あとは僕らに任せてくれればいい。
……安全な場所で待っていてくれればいいのだ。
彼女たちに戦場に残る僕らへの呵責が出来たとしても、
死の危険よりはいい……だから、そうすべきなのだ。

(そう――彼女たちだけでも、
 戻ってほしいのだ……僕が守りたい幸せな時間に)

その結果、戦局自体は悪くなったとしても、
そうすることで、僕は……。

視界の端にカインの不敵な笑みがちらついて、
僕は憤慨に鼻を鳴らした。

そもそもカインのヤツ、
さっきは僕の意見を正しいって言ったくせに……。

「……あのなぁ、カイン。
 おまえはいったいどっちの味方なんだ!?
 さっきは僕の意見に賛同してたろ?」

「ああ、意見は賛成だ」

「じゃあ――」

「でも、どっちの味方と訊かれると……」

カインは口の端を小さく引き上げた。

「そりゃあ……な」

僕は、その表情を見て憮然とした。
カインのヤツ、意外に節操のないヤツなのかもしれない。
――と、僕の内心を読んだのか、苦笑を浮かべるカイン。

僕は更に深々と嘆息する。
何だか、さっきから溜息ばかりだ。

何にしても、会話が平行線を辿っている。
このままじゃ埒があかないようだ。

僕は顰めた顔に手を当てて――

「なぁ~に湿気た顔して飲んでるんだい?」

背後から、きゅきゅっと首を絞められた。

「ぐえっ!」

喉に物を詰まらせたチョコボのような呻き声を上げた。

後ろから巻き付いたしなやかな腕は、
見事に顎の下へ嵌り、頭を抱えるように首をきゅきゅっと引き上げる。
これが苦しくないはずがない。
その腕はすぐに弛められたが、
さしもの僕もしばらくの間咽せかえっていた。

「お、わりぃわりぃ……しっかし、大げさだなセシルは」

僕は、どれほど苦しいかは、やられてみれば分かる――と、
そのまま首を絞めた張本人を睨み上げた。

言わずもがな――エッジだ。
悪びれた様子もなく、飄々とそこに立っていた。
わざわざ足音を殺し、気配を消して背後を取ったのだろう。

忍び足は、忍者の国エブラーナ――
特に王族であるエッジにとって最も初歩のワザであり、
寝ぼけていてもできるぐらい身に付いているのだが……。
とはいえ――
差し向かいに座っているカインが気づかぬはずはない。
まさかこの二人がグルになるとは思いもしなかった。
何せ、カインの洗脳が解けた直後は反目しあっていたのだ。
もう、うちとけているとは……。

それを示すようにエッジは、
カインと互いに親指を立て合って愉快に笑っていた。

(まったく油断も隙もない……)

僕は嘆息を洩らす。

エッジは、さも当然のように空いていた席にどかりと座った。
タイミング良く通りかかった店員を捕まえると、
陽気な声で酒とつまみを早速注文する。

今気づいたが、その顔はすでに赤く出来上がっているようだ。
恐らく、どこかでしたたかに飲んできた後なのだろう。

「しっかし珍しいな。
 飲むんだったらオレも呼んでよ。もちろんソッチの奢りで」

エッジは茶目っ気タップリに笑うと、

「で、盛り下がってたみたいだけど、何の話だったんだい?」

置いてあった料理を一抓み、
通りかかった店員のトレイからジョッキを掠め取って掲げると、
二カッと歯を剥き出しに笑う。

カインと僕は顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。

「別に。大した話じゃないさ」

「いいじゃないかセシル。
 エッジの言い分も訊いてみようぜ」

僕は半ば呆れたように顔で吐き捨て、
カインはそれを宥めるように苦笑すると、エッジに視線を向けた。
なんでも言って、と興味津々身を乗り出すエッジ。

「なぁ、エッジ。
 おまえはローザたちを置いていくこと、どう思う?」

「ああ、なーんだ。その話題ね……」

呆れたような仕草のエッジ。

顎に手を当てて考える素振り……。
でも、結論はとっくに出ていたようで、ほとんど即答だった。

「良いんじゃねぇの」

エッジは事も無げにそう言った。
僕とカインは、同時に「ほう……」と声を漏らす。

「どう考えても、戦いに女子供を巻き込むのはよろしくないさ。
 子供は家にいればいいし、女は家を守ればいい。
 そんでもって男は小さいこと言わず、全部を守ればいいのさ」

ジョッキを傾け、口を付ける。
と、片手に持った骨付き肉を僕の鼻先に突きつけた。

「今度の敵は、マジで半端じゃない。
 月に居ながら、あのゴルベーザをあやつっちまう程のヤツだ。
 そんなヤツの本拠に乗り込もうってのに、
 ピクニック気分で戦場に付いて来られても困るし、
 惚れた晴れたで付いて来られても困る。
 ……そもそも、中途半端な気持ちで付いてこられて
 アッサリ死んじまったら、迷惑以外の何ものでもないしな」

「……ってことは、セシルに賛成か」

「ま、そんなとこだな」

「……ふむ」

釈然としないカイン――
案外、エッジにしてはまともな返答に面食らっているのかもしれない。
とはいえ、意外だと思ったのは僕も同様だったが。

「カイン、そんなもんさ」

思いも寄らぬ援軍に、僕はすかさず慰めるように言ってやる。
反撃とばかりに嬉々として。

――と、

「でもよ……」

僕の笑みのすぐ横で零れ落ちた――さりげない逆接。

僕は反射的に耳を疑って、声の主を――エッジに視線を向ける。
零した当人……エッジは、キョトンとした二人の視線を意に介さぬまま、
噛み千切った肉を咀嚼して飲み下すと、さも当然のような口振りで付け足した。

「アイツらが『戦士の顔』をしてるなら、オレは止めないぜ」――と。



意表を突かれた僕は、

「はぁ?」と間抜けな大口を開けたところで、ものの見事に固まっていた。



第2話 『蒼き月』 -戦士の顔-
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