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カテゴリー » 食べ物 September 07, 2001

イチロー波の打率:牛丼 ID:999788400


胃もたれているっす


昨日、前のプロジェクトが終わったということで
ちょっとお疲れさま会ということで、まぁ、飲み会みたいのをやったでございます。

案の定、安田は酒は飲まぬが、飯は食うということで、
腹10分目まで、食物、詰め込みました。

それでも料理余っていたから、相当すごい量。

お魚、お刺身、お寿司、おいしかったなぁ・・・・


トロっすよ!トロ!

もう、舌でとろける・・・あの・・・お味。
まろやか・・・・・

そんな高級なもの、普段口にできるはずもなく、


なにせ、今週の昼飯、

5回のうち、3回を牛丼で過ごす、
牛丼率6割
イチローもびっくりな打率で、安物牛丼を食べていたため、
うれしかったっス(ティーダ風)

でてきたのが、
天ぷら、お寿司、ラザニア(グラタンみたいの)、あとサラダ、
マッシュルームとホタテのバター焼き、
デザートにアイスとチョコ

えへへへへ・・・・(危ない)



明日は、腎臓の件で、また病院に行って来ます。
いつまで通うのかなぁ。


さて、久々のメール紹介でもイキマス。
江端さんです(^^)




自分の友達(以下友人A)にも右(だったとおもう)耳が完全にで
はないんですが、
ほとんど聞こえないという友達がいるんですね。
小学4年生ぐらいの時に同じ小学校に引っ越してきた人なんです。
はじめてあったのは共通の友人(以下友人B)と遊んだときになんですよね。
で、5年生になってから友人Aと友人Bと同じクラスになってかなり遊ぶ機会が増えま
した。

小学生のときはときどき聞き返されることはあったものの、
ナゼ聞き返されるかわからなかったんですよね。
別に聞き返されてもヘンだとは思わなかったですし、
その聞こえない側にいるときに話をするとこっちを向いて聞き返してくるんですが、
それでも別になんとも思ってませんでした。

中学になってからかな?
1年生でまた同じクラスになって遊んでるときに
“こっちの耳よく聞こえないんだよねぇ〜”
っていわれました。

そのときは“そ〜なんだ・・・・”って言ったような気がしますけど、
別に深く考えてなかったですねぇ〜
いまもそんなにいうほど深く考えてませんけど(笑)

でも、やっぱり大変なこともあるんだと思ったのが
道路の横断ですね。
聞こえない方から車が突っ込んでくると
クラクションを鳴らされてもほとんど気付かないって言ってました。

そのせいか、友人は赤信号はほとんど渡りません。(ほとんど!?)

耳が聞こえないのは自分には想像つきません。
耳栓しても大きい音を出されればイヤでも耳につくし・・・・・・
押入れやどんな森の中に入ろうが音はありますから。

ちなみに、かなりの仲良しですよ。
中学のときは休みでも部活があったので1ヶ月に1回ぐらいしか遊ばなかったですが、
高校になってからは学校は違うものの週末や休日になるとかなり遊びにいってまし
た。(笑)

さらには去年までは毎年夏休みあたりになると友人A宅へ泊まりにいってました。
(笑)
しかも、小学校6年生の夏休み最後ときから高校2年生の夏休みまでだから・・・・・
6年間欠かさずに毎年泊まりに行ってましたねぇ〜
しかも、連休があったらかなりの確立で泊まってました。(笑)

さすがに今年はやめました〜
そのかわりPS2を借りてきました。(笑)



♪次に色の方!♪

やっぱり、環境によって性格とか考え方とかってかなり変わってきますよね。
中学の時と高校に入ってからだと
“性格が全然違う、かなり変わったね”
ってよく言われます。
自分ではあまり強くは意識をしないものなんですけど、
いわれれば思い当たる節がなんとなくあるんですよね。

でも、学校(しかも、大勢の前だと)では感情を押し殺していくようになっちゃって
ますね。
中学生の時にいろいろあったんですよね。
ただ、ある程度仲のいい友達の前では結構感情を素直に表現できるようになったよう
な気がします。(多分)
高校入って最初の方は文句言おうが、悪口言おうが表情変えないよね?
って言われちゃいましたから。(笑)

感動することも年齢を重ねるごとに変わっていきますし・・・・・
小学生の時は夕日を見ても
まぶしい!
ぐらいにしか思いませんでしたけど、
いまは結構きれいだなぁ〜なんて思ったりします。

それに、小さい時は
尊敬する人は誰?
って聞かれると真っ先に出てくるのって親じゃないですか?
最近は親も尊敬してることはしてますが、
自分に持ってないものを持ってる人に対してものすごく尊敬するようになりました。

自分が感情豊かになることは
夢中になれることを見つけた時や、
何かを達成した時にものすごく充実感を感じたり、感動するっていうか・・・・
まぁ、そんなところですね。

仲のよい友人といるときはいつも笑ってるような気がします。
1人でいると決して笑わないけど、友人といると笑いが絶えません。
でも、やはり引越しとかでいなくなるとものすごく悲しくなりますね。

最近は学校にいる時もいつもニコニコしてるって言われるけど、
それは、たぶん心から笑ってるわけじゃないです。
表情を無理やり作ってるんだと思います。
やっぱり、どっかになんかあるんだろうな・・・・・


♪時♪

よく、

人間は時が変われば変わっていく

っていいますけど、
自分はそれは違うと思います。

見た目は時がたつにつれてだんだんと変わっていくかもしれない、
成長すれば視野が広がり、考え方は変わっていくかもしれませんが、
心は絶対に変わりません。
どんなに容姿が変わろうと付き合ってみればその心の中は変わってないと思います。

小学生の時にやさしい人が、高校になって問題児って呼ばれるようになってようが、
実際に話してみると変わってないと感じることのほうが多いと思います。

あと、話題がちょっとずれるかもしれませんが

時が心の傷を癒す

って、ときどきドラマとかマンガの台詞に使われてますけど、
これも違うと思いますね。

時が心の傷を癒すんではなくて
心の傷を癒すには時間が必要なんですよね。

受身のままだと何も変わらない。
変えていくには自分から積極的に行かなければいけない!
自分はそう思いました。

で、変えていこうと努力をしたので
ひさしぶりにあった人に変わったねって言われるようになりましたが、
やっぱり、根本的な部分はずぅ〜っと同じままですね。


“耳”の方は自分の身近にある事柄なんでちょっと書きましたが、
あとの2つは自分がこのことをもうちょっと考えていった方がいいと思って書かせて
もらいました。
しかも、こういう話って人の意見を聞きづらいので結構考えさせられました。
こういうきっかけを作ってくれたやすださんに感謝!



まず、耳の話ですが、これは、先日の8月27日の話でしたね。

自分が一応五体満足であるので、
本当にそういう人の気持ちがわかるかといったらこれは
自分がその身になってみないとわかるというのは失礼であるし
経験がないものをわかるというのはやはり失礼だと思うので、
そんなことはいえませんが、やはり身近な存在でいると、
こういう文字、言葉で感じるより、ずっと感情で感じられるようになったかと思います。

自分の体でどこかおかしいところがあるとき、
そこで人に接するときって人の心の強さがわかりますよね。

1つは、そういうことを気にしても仕方ないから、気にしないという気持ちになるのでしょうが、
それは、子供の時からそうだということであっても、
やはり、そこまで割り切って考えたりするのは大変なことだと思います。
自分は、何も悪いことをしていないのに、何故そうなってしまったのか、
たまに思い出すことってあるかもしれません。

五体とは関係ないですし、症状もそういう人たちと比べるとかなり少ないですが、
私も、何もしないのに、肝臓が悪かったり腎臓が悪かったりしたことがわかったときは、
最初、そう考えましたもの。

だからこそ、私たちは、普通に過ごせるという、
それさえ、幸せであるのだから、
感謝をいつもしなければいけないとまでは言いませんが、
本当にたまにでいいから、思い出すべきだと思います。


それと、時の話、8月23日のお話でしたね。
これも同感です。

私も同じ考えで、同じことを2度言うことになるのですが、
時が人を変えるというのは、
それは、見た目、表面上変わるものだと思うのですが、
心の奥底というのは、変わるのではなく、他の人の考えも身につけながら
重厚になると思うので、心の奥底というのは変わらないと思うんですよね。

あと、「時が心の傷をいやす」という話も、これも同感です。
実際はそうではなく、心の傷をいやすのに時間が必要であり、
その傷をいやすものは、「自分の意志」なんですよね。

自分の意志が強くもてないものは、時がたっても傷はいえません。
自分から変えようという強い意志が心の傷を乗り越えさせてくれる物であり、
そこで時間が必要だと思うんですよね。

だから、たとえば、誰かが傷ついて、悩んでいるときに、
軽く、
「時が心の傷をいやす」からなんてそんな安易なことを
言ってはいけないと思いますし、本当にその人のことを思っているのであれば、
仮にその人の傷の癒し方のアドバイスができなくても、
傷を乗り越える方法を考えることが、友達としてやってあげられることですよね。
— posted by midilin @ 12:00AM | Comment(0) | TrackBack(0) 
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