「あなたのDQ・FF哲学」とは?


ドラゴンクエスト

 
「ドラゴンの炎」について
 (だうとさん投稿)

 
「勇者死亡ローラ姫強制送還」について
 (コリンキーさん投稿)

「ドラゴンの炎」異説について
 (しゅうさん投稿)
 「戦士の指輪」について
 (Rushさん投稿)

「ラリホー」について
 (Rushさん投稿)

「ドラゴンの炎」について
  (Rushさん投稿)

ドラゴンクエスト2

「ハーゴン大神官の苦悩」について
 (森田ノヴユキさん投稿)
「ロトの剣」について
 (クッポさん投稿)
「破壊神シドー」について
 (スペアリブさん投稿)

「2で最初に出てきた兵士」について
 (Rushさん投稿)
「ポイズンキッズ」について
 (Rushさん投稿)
「サイクロプス」について
 (Rushさん投稿)
「ロトのかぶと」について
 (Rushさん投稿)

「ムーンブルグの王女の女心の変化」について
 (Rushさん投稿)

「バシリスク」について
 (Rushさん投稿)

「ハーゴンの騎士」について
 (Rushさん投稿)

「ヒババンゴ」について
  (Rushさん投稿)

ドラゴンクエスト3
「バラモス」について
 (ウィンドさん投稿)

「3の時代は何時なのかについて」の新説
 (三上 雅人さん投稿)
「毒の沼地」の考察
 (mount-root-yyさん投稿)

「なぜ遊び人が賢者になれるか」の考察
 (aさん投稿)
「遊び人」の考察
 (aさん投稿)


「3の時代はいつなのか?」の考察(三上 雅人様投稿)について
 (yanryuさん投稿)

「ゾーマによりもたらされた恐怖」について
 (yanryuさん投稿)

「勇者の母の生活費」について
 (yanryuさん投稿)

「3の時代はいつなのか」について
 (三上 雅人さん投稿)

「カンダタ子分についての諸考察」について
 (カンダタ子分さん投稿)

「盗賊の宝箱(DQグッズ)とミミックと人食い箱」について
 (神楽坂さん投稿)

「遊び人はなんで賢者に転職できるのか」について
 (クッポさん、江端さん投稿)

「黄金の爪の不思議」について
 (クッポさん投稿)
「統一通貨G」について
 (高橋怜央さん投稿)
「賢者の行動」について
 (森田ノブユキさん投稿)
「勇者の行動」について
 (森田ノブユキさん投稿)
 「戦闘での敵の数」について
 (Takehikoさん投稿)

「ロマリアの宿屋の扉」について
 (Takehikoさん投稿)
 「ちいさなメダル」について
 (Takehikoさん投稿)

「勇者の脅威とバラモス・ゾーマ」について
 (森田ノブユキさん投稿)

「ニフラムの「光の中に消え去った」について
 (森田ノブユキさん投稿)

「水の羽衣の実態とその実用性」について
 (森田ノブユキさん投稿)

「スライムの生態およびその苦悩」について
 (森田ノブユキさん投稿)


「鉄の鎧の防具としての実用性およびその素材」について
 (森田ノブユキさん投稿)


「高レベルで雑魚敵に遭遇した際の勇者一行の行動」について
 (ゆきだるさん投稿)

「宿屋および食事における地域、民族性」について
 (森田ノブユキさん投稿)
「聖水とトヘロス」について
 (森田ノブユキさん投稿)
「アバカム」について
 (akiraさん投稿)


「ひのきの棒の使用法および武器としての有用性について
 (森田ノヴユキさん投稿)

「スライムの生態および捕食傾向について」について
 (森田ノヴユキさん投稿)
「ヒャド」について
 (森田ノヴユキさん投稿)
「ルカニ」について
 (akiraさん投稿)
「ベギラマ」について
 (森田ノヴユキさん投稿)
「スカラ」について
 (森田ノヴユキさん投稿)
「ホイミ」について
 (森田ノヴユキさん投稿)
「メラゾーマ」について
 (森田ノヴユキさん投稿)

「パーティ全滅、王様連行」について
 (森田ノヴユキさん投稿)

ついに暴かれるゾーマのプライベート!
 (スペアリブさん投稿)
「アカイライ」について
 (Rushさん投稿)

「メタルスライム及びはぐれメタル」について
 (ですやんさん投稿)
「魔王の爪あと」について
 (江端さん投稿)

「幸せの靴」について
  (Silliaさん投稿)

ドラゴンクエスト4

「マスタードラゴン」について
 (ほねさん投稿)

「進化の秘宝」について
 (二代目カンダタさん投稿)

「名前」について
 (コリンキーさん投稿)

「イオナズン」について
 (コリンキーさん投稿)

「魔人の金槌」について
  (Rushさん投稿)

ドラゴンクエスト5

「ゲレゲレは如何にして草食となったのか」について
 (mount-root-yyさん投稿)

「スライムの灼熱」について
 (Rushさん投稿)

「スライム」について
 (Rushさん投稿)

「ネーレウス」について
  (Rushさん投稿)

ドラゴンクエスト6

「ハッサンと父親の喧嘩」について
(いとさん投稿)

「無口な主人公」について
  (Kanさん投稿)

ドラゴンクエスト7

「シリーズ同士と現実世界の関連性」について
 (コリンキーさん投稿)

「時代背景」について
  (てっちゃんさん投稿)

ドラゴンクエスト8

「ドラクエ世界の保存食」
  (mount-root-yyさん投稿)

ドラゴンクエスト9

「うずしおキングについて」
  (Y.Mukasaさん投稿)

ドラゴンクエスト全般
「鉄の剣と鋼の剣」(異聞編)
 (ほねさん投稿)
「鉄の剣と鋼の剣」ついて
 (ほねさん投稿)
「鉄の剣と鋼の剣」ついて
 (ほねさん投稿)

「メタルスライムとスライム」ついて
 (戸紳さん投稿)
「勇者とは何か?」ついて
 (コリンキーさん投稿)

「三大特技の発生条件」ついて
 (りゅうおさん投稿)
「あなほりの謎」ついて
 (mount-root-yyさん投稿)
「ルーラ」ついて
 (弐代目カンダタさん投稿)

「モンスターを倒したときのG」ついて
 (りゅうおさん投稿)
「モンスターとの戦い」ついて
 (神楽坂さん投稿)

「DQのかわいそうな女性キャラ達」ついて
 (りゅうおさん投稿)
「倒した!」ついて
 (コリンキーさん投稿)
「ドラクエの神様」ついて
 (コリンキーさん投稿)
「モンスターの生態」について
 (三上 雅人さん投稿)
┠ ┃「主人公=勇者は公式なのか」ついて
 (コリンキーさん投稿)
「装備:防具」について
 (コリンキーさん投稿)

「人間と魔物の間で結ばれた密約」について
 (神楽坂秋人さん投稿)

「シリーズ同士と現実世界の関連性」について
 (コリンキーさん投稿)
「LVアップに伴う魔法習得」
 (ユーリルさん投稿)
「シリーズ同士と現実世界の関連性」について
  (コリンキーさん投稿)

ファイナルファンタジー4

カインの「ジャンプ」についての考察
  (Y.Mukasaさん投稿)

ファイナルファンタジー6
「リネームカード」について
 (ウィンドさん投稿)

「カタナ」について
  (M・加藤さん投稿)

ファイナルファンタジー7

「メテオとコメットの矛盾」について
 (はかせさん投稿)

「203ミリ砲弾の安全な撃ち方」改について
 (はかせさん投稿)

「安全な203ミリ砲弾の使い方」について
 (はかせさん投稿)

「203ミリ砲弾の撃ち方」について
 (はかせさん投稿)

「クラウドの決め台詞「興味ないね」」について
  (いとさん投稿)

ファイナルファンタジー8

「スコールの好きなこと」
  (いとさん投稿)

ファイナルファンタジー9

「トランス」について
  (M・加藤さん投稿)

ファイナルファンタジータクティクス

「火の魔法」について
  (おとぎりせんべえさん投稿)

ファイナルファンタジー全般
「ゲーム全般」について
 (ウィンドさん投稿)
「黒魔道士」について
 (おとぎりせんべえさん投稿)
「エリクサー」について
 (Silliaさん投稿)

「自分探しについて」
  (まめぞーさん投稿)

DQ・FF番外編(合体ネタ)

「FFとDQどっちが強いか?」について
 (弐代目カンダタさん投稿)

「FF・DQ世界の通貨単位」について
  (Silliaさん投稿)
「自分探し」についての考察
FF全般より投稿者まめぞーさん

物語の世界の登場人物に共感し、その中に自分を投影させるということは
我々にとって、極めて自然なことである
TVドラマ、小説、漫画、ゲーム、あらゆる物の中に、我々は「私自身」を
見つけ出すことができる
彼らは、我々が選択しうる可能性の中の1つの事象を選び出した
もう一人の「私」であり、現在という時間軸上にいたるまでに
成し得なかった「私」の可能性が具現化した存在となるのだ
故に、我々は、媒体を通じて、登場人物たちに共感し、
時に感動し、時に悲しみ、あるいは、怒りによって涙を流したりするのである
さて、ここに一つの媒体がある、「ファイナルファンタジーシリーズ」と呼ばれる
ゲームソフトだ
皆さんの中には、全作品、全てやり遂げたという方もいらっしゃると思う
残念ながら、私は3〜8までである
この中で、作品の内容ががらりと変わっていったことに、みなさんは
お気づきであろうか?
そう、FF6からなのである
「6」はまだ、そこまで顕著には現れてはいないが、「PS」に移行した「7」からは
それが、はっきりと現れてくる
「自分探し」、このことが大きなテーマとして登場してくるのである
何故であろうか?
一つには、社会的な問題である
街では、哲学、心理学の本が飛ぶように売れていた
「ソフィーの世界」という哲学書を皮切りに、あらゆる出版社から、いろいろな本が発売され
これほどまでに、現代人は「個の確立」というものが行われていなかったのかと驚きを禁じえなかった
「どこかにもう一人の私が存在する、今のこの意識上に出ているのは別の誰かであり、
現実の空間を認識するためだけに存在しているのだ」
そういって、別の「私」を探し出そうとするのである
確固としたイデオロギーや、宗教を持たない我々日本人にとって、アイデンティティーを確立させるのは
容易なことではない。
しかし、まるで新しいファッションのように自分自身を見つけていくというのは
一種、異常な光景であった
二重人格や、精神的な病気が「かっこいいもの」として捉えられ、現代人、特に若者の間で
急速に広まっていた時代であったのだ
そんな中、発売された「7」は、明らかにその現代の風潮に沿うものであった
主人公「クラウド」に、我々はいったい何を見つけ出せばよかったのだ?
開発陣の試みは一体なんであったのだろうか?
結局、アイデンティティーを確立して(つまりは2重3重であった自分自身を統合して)、ハッピーエンド?
それだったら、あれほどまでに病的に世界を描ききってみせる必要はなかった
「FF」ではないが、「ゼノギアス」も然りである
それは、「8」の「スコール」にまで継承された
あれほどまでに病的ではないが、結局「無口」という人格を演じて、
本当の自分は別のところにあるという様は、「7」、「ゼノギアス」、と根底を流れるものは一緒である
知識をファッションとして捉え、何か理解しがたいものが「かっこいいもの」とされていた
ポストモダニスティックな悪癖がここでも発現しているのである
これに対し、7以前の作品は単純であった、もうすでに一つの個を確立した登場人物たちが、悩み、傷つき
喜ぶ様が描かれていたのである
「セッツァー」を例にあげてみよう
彼は、ギャンブル好き、スピードを感じることに生きがいを感じる男として書かれていた
魂が削れるような、生と死の間、ギリギリの緊張感の中、生きることに充足を得るのである
そして、その通りに生きた
「帝国との命がけのギャンブル、俺の命、そっくりチップにしてお前らに賭けるぜ!」
この言葉は、かれの人生観を端的に表現しているといえよう
エンディングまで、彼は己の生き方を貫き通したのだ
ティナが力を失い落ちていく、それを助けるために飛空挺を駆る彼の心は、おそらく
無限に純真であったと想像できる
彼は、あの瞬間、ティナを助けるということ、飛空挺のスピード、自分の操縦の技術、様々なものへの
賭けに出たのだ
そして、その自分の、いや仲間の命をも張った賭けには勝った
そして出てきた言葉で「いっただろう?世界最速の船だって」であったのだ
その彼の心境は、想像し得ない、なぜならそれは究極であり、一つの到達点であるからだ
「8」で唯一の救いであったのは「ラグナ」の存在である
「スコール」とは対照的に彼は、「個を確立させている存在」として描かれていた
彼の生きる様は、私がいちいち説明しなくても、良いであろう
我々は、物語を読む、物語は歴史であり、指標である
現代社会はでは、個を確立させることが難しい、それ故に単純な物語が
必要となるのではないだろうか?

もうすでに、勘の良いみなさんならお気づきとは思うが
私は、単に「ラグナ(いや、ラグナ様とよばせていただこう)かっこい〜」
「セッツァーかっこいい〜」ということ、
「FF7,8ってあんまりおもろくなかったな」ということを書きたかっただけである
さらに述べさせていただくと、セッツァーの項に行数を割いたのは
自分自身のギャンブル好きと、オートバイでスピードを出すことを
彼自身の生き方(普遍的なもの)に置き換えて、「言い訳」をしているにすぎない
これこそが、ポストモダニズムが生んだ悪癖である(たぶんね、あんまり理解してないんよ(^^;)
レトリックを凝らして、難しい言葉使ったら、小難しいようなこと書いてるようにみえるでしょ?(爆)
たまに、こんなこと考えるとおもろいかなって思っただけ
哲学なんて、「あなたが生きている」、それだけで、立派な分厚い哲学書より
おもろいもんやから(笑)


 

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