<誰でも最初は…>
by オリーブドラブ
(DQ3の主人公がアリアハンを発つ五年前。勇者ロトの様に、父の背中を追い、
強さを追い求めたある魔道師の少年の戦い)

 …青い空、白い雲。

こんなに心地よい快晴ほど、人に活気を与える気候はないだろう。

だからなのか、夜の方が賑わうはずの酒場は昼間であるにも関わらず、騒ぎ声が店の外にまで溢れている。
そしてその酒場の入口には一人の少年の姿があった。
整った黒い長髪は一束に括られ、緑を基調にしたローブが凛とした雰囲気を醸し出している。
真剣な面持ちでありながらどこかあどけなさを感じさせる少年は、心の準備をしているのか、大きく深呼吸していた。
「…ついにここまで来たな…」
少年は期待と不安が入り交じった声で呟き、一歩一歩踏み締めながら酒場へと入っていく。

少年の名はヤート。

この地から遠く離れたロマリアと呼ばれる国で生まれ育った、魔法使い見習いの15歳の少年である。
かつてその名を知られた勇者・オルテガと少しだけ旅をしたという父のような立派な魔法使いを目指し、修練の旅に出ているのだ。
実戦経験のある仲間を得て、少しずつ戦いのイロハを掴んでいこうと考えていた彼は、勇者オルテガの出身地でもある国・アリアハンを訪れていた。
そしてヤートは、今入らんとするこの「ルイーダの酒場」にて、実戦経験を持つ仲間を探そうとしていた。
「僕も早く親父のような魔法使いにならないとな…その為には強い仲間が…!」
そして勢いよく入口のドアを開いたヤートの眼前に飛び込んで来たのは、いかにもガラの悪そうな壮年の男達が、こちらを睨み付けている光景だった。
途端に冒険心に興奮して少し紅潮していたヤートの顔から、一気に血の気が引いた。
恐らく、「祖父のような魔法使いになる」という志が無ければ、迷わず180度旋回していただろう。
いや、その志があっても、やはり恐怖は拭えない。
(だ、誰かまともな奴はいないのか…!?)
必死に辺りを見渡すヤート。
「なんだあのガキは?ふてぶてしい面しやがって…気にいらねえな!」
ヤートを睨み付けていた内の一人が椅子から立ち上がる。
すると、ヤートへ向かって早足で歩み寄った。
「!?」
ヤートは立ち上がった男の予想以上の体格に圧倒され、思わず後ずさりしてしまった。
「ムカつくガキだぜ…!」
男はヤートを締め上げようと、彼の胸倉に手を伸ばした。

だが、男の手がヤートを掴むことはなかった。

脇から現れた一人の青年が男の手首を掴んだからだ。
「あん…?」
「許してやれ。この子は喧嘩しにここへ来たわけじゃなさそうだ。」
厚い鎧を身に纏い、一つの斧を腰に差したその青年の容姿は、まさに戦士と呼ぶに相応しいものだった。
青年の端麗な銀髪と湖の様に澄んだ青い瞳は、他の者に対する彼の印象の違いを引き立てていた。
男は恨めしそうな目付きで青年を睨み付けるが、青年の眼光に気圧され、身を引いていった。
「…えっ?」
ヤートは何故男が引いていったかがわからず、暫く呆然としていた。
その沈黙を破り、青年が口を開く。
「とりあえず、あっちで話そうか。」
青年は二階への階段を指差した。
この人は他のやつとは違う。
そう考えたヤートは、そのまま彼の後を付いていった。

二階に上がった彼等を待っていたのは、青年と同じ年頃の女性の戦士だった。
「や、ただいま。」
青年の言葉に笑顔で応えた女性は、自分の席の隣に青年を招き入れた。
「遅かったじゃないセスマ。何があったの?」
女性のその言葉で、青年の名前がセスマであることが解った。
セスマと呼ばれた青年は頭をポリポリ掻きながら、女性の用意した席についた。
「この子が下の連中に絡まれててね…何の用かは知らないけど…」
そう言うと、セスマはちらっとヤートの方を見る。
ヤートは慌てて頭を下げた。
「あの、さっきは助けて頂いて有難うございました。」
「いやいや構わないよ。でも、君は一体どんな用事でここに?」
セスマの問いにヤートは若干答えるべきか躊躇ったが、答えずにはいられない雰囲気だったため、旅立ちの事情を彼らに説明した。

「ふぅん…成る程…」
「貴方のお父さん、名誉な事してたのね~…」
女性は意外そうな顔でヤートを見る。
「ええ。ですから、今は仲間を探して…」
「なら俺達がしばらく面倒見てやるよ!」
セスマが椅子から立ち上がり、ヤートの言葉を遮った。
それに続き、女性も立ち上がる。
「な、何言ってるのよいきなり!?」
「いいじゃないかシェイナ。俺達はカザーブまで腕試しに行くところだし、彼を鍛えるのもまんざらじゃないだろ?」
シェイナと呼ばれた女性戦士は言い返せないのか、顎を少し引いた。
だが、すぐにまた口を開いた。
「でも、だからって…」
「魔王バラモスが好き放題やってる今、まっとうに戦える奴を一人でも増やすことは決して無意味では無い。シェイナ。」
さっきまでとは違った、真剣な目での有無を言わさぬ口調に押されて、とうとうシェイナは口をつぐんでしまった。
一部始終を見ていたヤートは、貫禄の違いを感じ、口をあんぐり開けていた。
しかし、セスマがこちらに向き直ると、ハッとして表情を改める。
「そういうことだ。よろしくな!…それと、君の名は?」
「僕はヤートです。よろしくお願いします!セスマさん、シェイナさん。」

それから三人は、ロマリアから更に離れた街・カザーブを目指した。
その道中、甲冑を纏う魔物・さまようよろいが行く手を阻んだ。
「セスマ!敵よ!」
シェイナは慣れた手つきで鋼の剣を構えた。
しかしその時、セスマは彼女を手で遮った。
「セスマ!?」
驚く彼女を尻目に、セスマはさまようよろいと対峙するヤートを見詰めた。

「どれ、カザーブに行く前に一つ手並みの程を拝見してみるか。」
セスマは真剣な目でヤートを見守る。
ヤートは父の形見である聖なるナイフを鞘から抜き、さまようよろいに対して構えた。
「落ち着け…落ち着け…練習通りにやるんだ…」
さまようよろいはヤートを睨み付け、一気に襲い掛かる。
ヤートも反射的に聖なるナイフを構え、さまようよろいの斬撃を受け流した。
「おっ!思ったよりうまいじゃないか。」
セスマはニコニコしながら戦いを見守る。
一方のシェイナは、若干イラついてる用だった。
「もう…あんな奴私ならイチコロなのに…!」
そして、距離をとったヤートは聖なるナイフの切っ先をさまようよろいに向け、呪文を唱えた。
「ギラ!」
刹那、ナイフの切っ先から放たれた火の波がさまようよろいの甲冑を打ち砕いた。
さまようよろいは音を立てて崩れ落ち、やがてその姿を消していった。
「まずまず…ってところかな。」
セスマは初陣を飾り、喜ぶヤートに微笑んだ。

そしてカザーブにたどり着いた三人は、町長に会いにいった。
セスマの言う「腕試し」とは、最近カザーブを襲っているというグリズリーの討伐依頼の事だった。
町長に会うと、その依頼を快諾していたセスマは町長とグリズリーについて話を始めた。
そしてその間、ヤートはシェイナと共に道具屋に買い物に行くことになった。

「…ねえ、セスマはどうして貴方にこだわるのかしら?」
シェイナはぶっきらぼうに荷物持ちをさせられているヤートに問う。
「さあ…?セスマさんの事ならシェイナさんの方がよく知っているんじゃ…?」
シェイナは溜息をつくと、ヤートに対して申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね…ヤート君。私…今まで貴方に嫉妬してたの。」
シェイナの言葉に、ヤートは首を傾げた。
「…どうして?」
「貴方に会ってから、セスマは私に構ってくれる事が少なくなくなったから…かな。」
その一言に、ヤートはハッとした。

もしかしたら、シェイナさんはセスマさんのことが…

だが、その先は敢えて問わなかった。

…その夜、グリズリー討伐を翌日に控えた三人は宿をとり、明日に備えた。
ヤートは、夜中にふと目が覚め、セスマの部屋を尋ねた。
「セスマさん…起きてる?」
「ん…ヤートか。」
二人は宿屋の屋上まで上がり、話を始めた。
「僕は…初めての戦いなんです。明日の戦い…勝てるかどうか…」
「勝てるさ。君は初めての実戦でさまようよろいを倒せたんだから。」
「でも…」
セスマは一度ヤートから目を離すと、夜空に輝く満月を見詰めた。
「君はさ…昔の俺によく似てるんだ。」
「え…僕が?」
セスマはヤートと向き直ると、深く頷いた。
「俺も初めて戦士として戦いに出た時、本当に怖かったさ。職業上、しくじったら殺されちまうんだからな。」
セスマは思い出すように空を見上げる。
「だからこそ、初めての戦闘でドラキーを仕留めたときは本当に嬉しかった。俺だって、やればできるって解ったからな。」
セスマはヤートの肩をポン、と叩き、微笑んだ。

「誰だって初めから強いわけじゃ無い。努力したから報われるとも限らないけど、少なくなくともオルテガや君のお祖父さんは報われるだけの努力を詰んでいたはずだ。誰だって最初はちっぽけさ。だからこそ、人は自分に出来ることを精一杯頑張って、少しずつ大きくなっていくんだと俺は思うよ。」

ヤートは俯き、拳をにぎりしめた。
「…僕にも、出来ることが…?」
「ああ。きっと出来ることがある。明日はそれを見つけるためにあるんだから。」

そして夜が明け、ヤート達三人は遂にグリズリーと対決した。
グリズリーの咆哮がカザーブの大地に響き渡る。
「よし、いくぞ!」
セスマは勢いよく地を蹴り、グリズリーに切り掛かった。
彼のバトルアックスの切っ先がグリズリーの腕を切り裂く。
「ヒャド!」
ヤートの甲高い声と共に、彼の掌から氷の刃が放たれる。
その攻撃はスコールの如くグリズリーに降り注いだ。
更に、シェイナが鋼の剣を上段に構え、グリズリーに突撃する。
「はぁあっ!」
しかし二度に渡る攻撃を受け、怒りに燃えるグリズリーには通用しなかった。
シェイナは瞬く間にグリズリーの腕に弾き飛ばされてしまった。
「シェイナ!」
「くっ!」
とどめを刺そうと腕を振り上げるグリズリーの前に、セスマが立ちはだかった。
「セスマ!?」
驚愕するシェイナ。
セスマはシェイナを守ろうと、鉄の盾を構えた。
「君は死なせない!」
そしてそのまま振り下ろされたグリズリーの爪は、セスマを容赦なく吹き飛ばした。
「ぐああっ!」
「セスマさんっ!」
ヤートは急いでセスマに駆け寄った。
だが、彼がグリズリーから目を離した一瞬の隙を突き、グリズリーが突進を仕掛けて来た。
「あっ!」
「危ない!ヤートっ!」

その時、ヤートはセスマの言葉を思い出した。

『君にも、出来ることがある…』
『最初は誰だってちっぽけさ。人は自分に出来ることを精一杯頑張ることで、大きくなっていくんだから…』

「そうだ…!出来ることならある!怖がっていては…何も変わらない!」
ヤートは、聖なるナイフを構え、グリズリー目掛けて突撃した。
グリズリーはヤートの頭をかみ砕こうと、大口を開いた。
ヤートは怯む事なく突き進み、グリズリーと目と鼻の先にまで近づいた。
グリズリーの牙がヤートに迫る。

その時、ヤートの聖なるナイフがグリズリーの口の中に入っていった。
そしてグリズリーの牙がヤートの腕に迫るとき、彼は精一杯の力を振り絞り、叫んだ。

「ベギラマ…!」

…刹那、グリズリーの口内で発生した大爆発が、グリズリーを木っ端みじんに消滅させた。

そして、力を使い切り、地面に倒れたヤートは呟いた。

「…これでよかったんだ…これでいいんだ…!」

 

この戦いから五年後、オルテガの血を引く若き勇者は、魔王バラモス討伐の旅に出る。

 

ちっぽけな存在から、偉大なる勇者ロトへ成長していく旅へと…

 

~The End~



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