【第10話】

三人の勇者


「あいかわらず不気味なとこやな」

 自分の身長より長いモップをもった香山さんは二階にあがった後、暗闇の廊下を見て身震いをした。

「どこから調べますか?」

「やはり・・・・あの部屋からか?」

 モップをもったぼくと俊夫さんもお互いの顔を見た。あの惨殺死体の部屋には近づきたくないがあの部屋を調べなければ何もわからないような気がする。香山さんが勇敢にも先頭に立った。右横と左横にぼくと俊夫さんがそれぞれ立ち、真ん中のキヨさんを三人で守る形だ。

「あの死体が安孫子氏かそうでないかくらいわかればいいんやが」

 部屋の前にいくだけであの胸をつくような血の臭いがする。

「ほな扉開けるで」

 香山さんがドアをあけるとムアっと熱風と共に悪臭が漂った。

「うぅ・・・・・」

 あまりの臭いにおもわずぼくはむせた。

「透君、鼻で息をするな・・・・」

 俊夫さんに言われたとおり口で息を吸い血の臭いを吸いこまないようにしたが、時間がたって血がかたまっているとはいえ、目の前の首無し死体を見るだけで吐き気がする。

「鞄とかないようだな・・・」

「身元がわかりませんね・・・」

 ぼくと俊夫さんは吐き気を抑えながら部屋をさぐった。キヨさんは部屋の外にいてもらっている。

「ズボンのポケットとか調べてみぃ」

 香山さんがそう提案したが、ぼく俊夫さんも首をぶるぶる振った。正視できない血だらけの死体に誰が触れるだろうか。

「情けへんなぁ・・・・」

 そんなこと言ったって・・・・香山さんやってみてくださいよっと言おうと思ったら、香山さんはズイと血だらけの死体に近づきズボンのポケットの中をまさぐった。すごい度胸だ。

「ん?なんやこれは」

 何か見つけたようだ。血が付着した香山さんの手からでてきたのは免許証だった。

「これで、身元がわかるで・・・・・正岡・・・慎太郎・・・・そう書いてあるわ」

「正岡さんって、たしか後でこの三日月館に来るはずの人ですよね」

「なんで、この人が殺されているんだ・・・・」

 ぼく達が三日月島に行く前に正岡さんはこの三日月島にきて殺されたのか。それとも朝、ぼく達が来る前からこの死体は置き去りにされていたのだろうか。

「まぁ、今は考えてもわからへん。この部屋は他にないし、他の部屋を回ろうやないかい」

 香山さんの提案でぼく達は他の部屋を見て回ることにした。

 二階にある全部屋を見て回った。部屋をあける度にぼく達は鼻をつまみ、死体があるかどうかでビクビクしたが、正岡さんの死体があった部屋以外に変わったものはなく、ぼく達は一階に戻ってきた。一階の部屋も一通り調べ、厨房やキヨさんの部屋、書庫、再度応接間など調べたが誰かが潜んでいるということはなかった。美樹本さんが電話線を調べたときに入れなかった開かずの間が何部屋かあり、そこには管理人のキヨさんも鍵を持っていなかったので入ることができなかった。ぼく達はその他の部屋を調べる限りのことを尽くして再度食堂に戻ってきた。

「透、おかえりなさい」

 真理が安堵した顔で出迎えてくれた。

「あんた、どないやった?」

 夏美さんが香山さんに聞いた。

「上にあった死体は、正岡というやつの死体や。免許がでてきおった」

 テーブルの上に少し血がついている免許書を香山さんが放る。

「やはりここに宿泊するはずの客だったのか・・・・」

 美樹本さんが唇をかむ。

「しかし他を調べたところ変わったものはありませんでした。我孫子氏の行方もわからないままですし。何箇所か開かずの間があったのは気になります」

 ぼくは館で調べたことを代表してみんなに報告した。

「きっとその我孫子という人が殺したのよ!!」

 可菜子ちゃんがヒステリックに叫ぶ。

「その可能性はあると思いますが・・・・・」

 ぼくは口ごもった。

「もしかして・・・安孫子氏が正岡さんが同一人物とは考えられないかしら?」

 OL二人組みのうち、あまり普段発言をしないぽっちゃり目の啓子ちゃんがか細い声でいった。

「どういうこと?」

真理が疑問を口にする。

「つまり自殺ってことよ」

啓子ちゃんが補足する。

「それは・・・・どうかな。首が切られた死体だ。とてもだが自殺だったらそんなことはできないんじゃないかな。誰かがあの正岡さんを殺した人が別にいる方が自然だろ?」

 美樹本さんが啓子ちゃんの疑問を否定する。

「ここにいる全員・・・・俺も含めて、安孫子氏の可能性だってあるわけだ」

 美樹本さんの言葉でまた気まずい沈黙が辺りを包む。お互いを探るような目。

「・・・すくなくともこの館の中は調べられる限りは隅々まで調べました。ぼく達が探している間に、犯人が館内を移動していることも考えられなくはないですが。後は開かずの間に潜んでいるとか。でもそれを除けばこの館内には今ぼく達しかいないようです」

「犯人は外に逃げたという可能性もあるわよね」

 真理が不安そうにぼくを見て、そんなことを言った。

「あぁ、その可能性もある思う。これだけの大人数が今この館にいるんだ。こんなところでもう殺人はできないだろうし。でも油断はできないよ。明日の夕方まで迎えの船がないのだから島のどこかにいるかもしれない」

 ぼくはここにいる人たちが犯人とは思いたくなかった。探偵なら身内を疑いたくないという考えは失格だろう。でもそう思いたくなかった。

「先ほど美樹本様が電話線を調べていただいた後、館の扉の鍵を閉めさせていただきました。この館には外へ通じる扉が1つしかございません。一階には窓がありませんので二階に二つほど窓がありますがそこをふさげば館内に入れなくなると思います。今はまだ窓の鍵が開いておりますので・・・・」

 キヨさんが館内の説明をしてくれた。

「窓がほとんどない館って変なの」

 真理が疑問に思ったようだ。

「元々この館は明治時代に監獄として、作られたとと聞いております。囚人を捕まえる牢屋として各部屋は使われていたそうでそれ改装して作ったとか・・・・」

 キヨさんは真理の疑問に補足する形で説明した。

「そんなとこやったのかい!そんなところに泊めるなんてどういう神経してはるんや」

 香山さんは憤慨したように言った。

「だが・・・この中にいる誰もが犯人でないのなら、犯人は二階へよじ登り窓から入ってきたか、もしくは開かずの間の鍵を持っている管理人安孫子氏が今も館の中に潜んでいるのか・・・この二つは濃厚だな・・・・」

 俊夫さんがつぶやく。

「二階の窓をまでよじ登ろうという奴はいないだろうが一応二階の窓と、開かずの間の前にバリケードを作っておいた方がいいかもな」

 ぼく達は全員でまた暗い二階に上がり手分けをして2つの窓に本棚や椅子を置き外から入れないようにした。その後開かずの間が三部屋あったので、この扉の前にもバリケードを張った。これで犯人は外からも館の中からも入ってこられないはずだ。ぼく達が移動している間に犯人が開かずの間を出た可能性もあるので、もう一度館の中の部屋を一つ一つ再度確認もした。そのあとキヨさんの指示で、一人一部屋ずつ割り当てられた。夫婦でこの館に来ている人は、一緒の部屋に泊まりたいという要望もあったが、もともと牢獄だったものが改装されて部屋になったもので部屋は狭く個室でシングルベットだったため、夫婦は隣の部屋にするという形で割り当てられた。ぼく達はそれぞれの部屋で休むことにした。

 館のただ一つの正門の扉は閉めた。二階にある二つの窓もふさいだ。開かずの間もふさいだ。外からも中からも誰かが出入りすることは考えられない。何も・・・・起きないはずだ・・・・・・


第11話 ドアのきしむ音

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