合気道検索

携帯版合気道検索 | リンク掲載依頼 | お問い合わせ | 合気道掲示板
 > 

柔道の創始者嘉納治五郎は、植芝盛平の道場を訪れた事があり、その技に魅了された嘉納は、講道館の高段者数名に合気道の修行をさせている。また、植芝自身も新興武術である柔道の高段者から幾度と無く挑戦を受けており(そしてその全員を破っている)、合気道と柔道との間で比較的盛んに交流が行われていた。この事は当時としては珍しい事であり、植芝が合気道を今までの古流武術と差別化した、新しい時代の日本武術として考えていた事が伺える。
合気道創始者植芝盛平の有力な弟子である、塩田剛三(養神館)も富木謙治(日本合気道協会)も、植芝に入門する前は柔道の有段者であった。特に、富木は植芝の高弟となってからも柔道家としての活動もおこなっており、その理念には合気道・柔道双方の影響がみられる。

記事元:Wikipediaより引用