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  「さよなら、兄さん」

あの日から、3年が経った。
それ以来、バロンにはこれといった事件もなく、セシルとローザは1人の子宝に恵まれ、幸せに暮らしていた。
ダムシアンでは、再建が済み、かつての商業大国としての頭角を現しつつあった。
ファブールでは、ヤン王の下、今も修行に励む生活が続いている。
ミシディアでは、パロム・ポロムがそれぞれ8歳にして白魔道士長・黒魔道士長の座につき、町を治めていた。

また、幻獣の町はリヴァイアサンとアスラが共に支えていた。
しかし、そこにリディアの姿はなかった。
彼女は、幻獣界に身をおくと老化が早く進むとのことで、ゼロムスを倒したことを報告した後、すぐ地上に戻ったのだ。
そして、リディアはいろいろな場所を回った。
世界一高くセシルたちを苦しめた塔、豚と蛙と小人で構成された町…。
そして、昔住んでいたミストの村に着いたのだった。

「なつかしい…」
そんな言葉が口から自然に漏れた。
無理もない。7歳にして村を離れ、約10年ぶりに故郷についたのだから。

"Welcome to Mist!"
村の前にある看板は、セシルとカインによる空前絶後の大火事によって焼かれてしまい、今では金属製のものになっている。
しかし、その先にあるものは、まるで小さいころの自分が見た光景とそっくりなものであった。
昔その火事の後、リディアの暴走召喚による大地震で村が文字通り崩壊した。
今でもそのことは、歴史的災害として語り継がれている。
その村がここまで復活していたのだ。
リディアは心のそこから感動していた。

しかし、村に入ろうとしたその瞬間である。
このとき、リディアの中で葛藤が生まれた。
「果たして、私はこの村に入る資格があるのだろうか?」
セシル・カインがおこしたことが引き金となって起こった偶然の出来事とはいえ、村を崩壊させたことには変わりない。
そんな自責の念に駆られ、未だ彼女を苦しめていた。
思わず、まぶたが熱くなり耐えられなくなってしまった。

そんなときであった。
落ち込み、村の入り口でしゃがみ込んで悲しんでいるリディアの前に一人の女性が現れた。
「すいません、そこに入られると村の中に入れません…。」
どこか流麗な感じの声でリディアに話しかける。
リディアは、"ごめんなさい"と涙をこらえながらその場をどこうとした。
女性が看板の下をくぐろうとしたところ、意外な言葉が返ってきた。
「もしかして、リディア…?」

リディアは、一瞬耳を疑った。
仮にも、私は10年以上幻界で時を過ごした。
しかし、そのとき地上ではまだ1ヶ月と経っていない。
だから、私を知っているのは、セシルたちぐらいだろうと思っていた。
なのに、彼女はなぜ私の名前を知っている?

「よく帰ってきたわね。私も今ついたばかりなんだけど、もう疲れちゃって大変だったわ。」
そういって、一緒に村へ入ろうとする。
リディアは、目の前の女性を疑っていた。
私と同い年ぐらいで、身長は向こうの方が高く、ローザのようにおしとやかそうな感じである。
そして、バロンの白魔道士団専用のトランクケースを持って、右手には癒しの杖を持っている。
リディアは、思いきって質問した。
「あなたは誰?」

そういった時、彼女は笑って見せた。
「あれ、覚えてない?そっか、もう十何年も会ってないんだもんね。私にとっては5年ぐらいだけど…。」
リディアは、ますます彼女を疑った。
なぜ彼女にとっての5年が私にとって十何年もの差があるとわかる?
いよいよ疑問が頂点に達したとき、彼女が私に話しかけてきた。

「覚えてる?あの日のこと。ずっと歳が離れていた私とあなたで交わした約束を。」
昔の約束…?
「あなたのヘアピンよ。あの時のことを覚えてない?」
リディアは必死に記憶の中を探った。
すると、リディアの中に1つの思い出が浮かんできた。


それは、リディアが5歳のころ。
村のはずれにある女性が住んでいた。
彼女の名前はミコト。
白魔法が得意な彼女は、いつも無邪気に遊んでは怪我をするリディアにケアルをかけていた。
リディアは、いつもミコトのそばにいて離れようとしなかった。

そんなある日のこと、ミコトがバロンの白魔道士団の研修とのことで5年間各国を旅することが決まった。
リディアは泣き叫んだ。
いつも一緒にいたおねえちゃんが遠くへ行ってしまう。
リディアはものすごく落ち込んで、一週間近く自分の部屋に閉じこもってしまった。

ミコトはそれを心配して、リディアを村の入り口の前に呼んで話をしたのである。
そして、ミコトは自分のヘアピンを取ってこういった。
「私のヘアピンをあなたにあげる。エメラルド色だからあなたの髪にあうはずよ。これを私だと思って忘れないでね。」
リディアはミコトからヘアピンを受け取った。
「私も、おねえちゃんにヘアピンあげる!」
リディアはそういって自分のしていたヘアピンを無理やりとって、ミコトに差し出した。
「ありがとう、リディア。」
あのとき彼女の頬を伝ったしずくは、今でも忘れていない。


「あなただったのね、ミコト…。」
リディアは思わずミコトを抱きしめた。
「まだ大事にしてくれてたのね、そのヘアピン。今でもあなたによく似合ってるわよ。」
ミコトがリディアに言う。
長い時を経て再開した二人は涙が止まらず、ただただ時が流れた。

しばらくして、二人とも落ち着き、ミコトはトランクを持った。
「ところで、リディアはこれからはどうするの?この村でまた生活するの?」
さっきまで、リディアは迷っていた。
しかし、今ではもう悩みなどどこかへ吹き飛んでいた。
「うん。またあの家に住もうと思ってるんだ。」
「そうなの。私はまたあの家に戻って、診療所を建てることにするの。今じゃケアルガやエスナも唱えられるからね。」
自信満々にミコトは言った。
あのおねえちゃんなら大丈夫だろう。

「じゃ、また後でね。」
そして、ミコトは村の中へ入っていった。
私もがんばらなくちゃ。
リディアは、村に入った。


ただいま…。

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