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【2、幻獣討伐 】

 セシルが城に入ると近衛兵長のベイガンが、いつものように馬鹿丁寧な態度で出迎えた。
「クリスタルを持ってきたのですね。どうもご苦労様でした。」
 ベイガンはセシルより10歳以上も年上である。それなのにセシルに対して敬語を使う。セシルはベイガンのことを認めてはいたが、少し苦手だった。言葉や態度は紳士的だが、温かみがあまり感じられないのだ。
「ミシディアの者たちはまるで無抵抗だった。」
「何をおっしゃっているのですか?陛下がお待ちです。早くクリスタルを陛下に!!」
 ベイガンはセシルのつぶやきに顔をしかめながらも聞き流し、セシルを促した。ベイガンに引き続いてセシルは城に入っていった。
「セシル殿、陛下に話をしてきますからここでお待ちください!!」
 ベイガンは謁見の間の所でセシルを待たせた。近頃バロンは何か話す時はベイガンを介入することが多い。命令を下す時は直接配下の者と話すこともあるが、任務の事後報告などは、バロンに直接話すことはなく、ベイガンが報告を聞いてバロンに伝達するということが多い。もっともセシルはいつものことだと気にはしなかった。ベイガンは少したってからセシルに入るように言った。
                    ☆
 ベイガンは、バロンにセシルが帰ってきたのを報告し、バロンと2人きりであるのを確かめると、ひそかに耳元でささやいた。
「恐れながら申し上げます。実はセシルが陛下に対して疑いを持っている様子です。」
「何?!それはまことか?しかしクリスタルを持ってきたならばそれで良い。セシルをここへ通すがよい!!」
「かしこまりました。」
 ベイガンはセシルを呼んだ。
                    ☆
 セシルが入ると、バロンはベイガンに命じて、クリスタルをセシルからベイガンの手に渡させ、ベイガンの手から自分の所に持ってこさせた。
「ふむ、本物のようだな。セシルよ、下がってよいぞ。」
 バロンの低い声が響いた。セシルは命令通り王の間から退室しかけたが、今回の任務にはやはり納得できない点がある。セシルは、バロンとベイガンが何か話し込んでいるのが気になったが、思い切って声をかけた。
「恐れながら申し上げます。」
 セシルに話しかけられ、一瞬バロンとベイガンの顔が硬直した。
「な、何だ?」
 バロンは不快そうに言った。セシルは構わず尋ねた。
「陛下はいったいどういうおつもりですか?無抵抗な魔道士たちからクリスタルを強奪するなど・・!!皆陛下に不信感を抱いております。」 
「お前を初めとしてか?」
 バロンは険しい顔つきでセシルを見る。セシルは心外なことを言われ、とんでもないと首を振った。バロンを信じているからこそ暗黒騎士になったのだし、意に沿わない命令にも従ってきたのだ。だが、バロンは冷ややかに言った。
「お前がわしに不信感を抱いているのはお前の態度でよくわかっている。お前ほどの者がこのわしを信じられぬとは・・。これ以上お前に赤い翼をまかせてはおけん。これよりセシルを赤い翼飛空艇部隊隊長の任を解く。かわりに幻獣討伐の任に就け!!」
 セシルがあまりのことに呆然となっている所へ、背の高い竜騎士が現れた。親友のカインである。
「陛下、セシルは誰よりも陛下を信頼しております。今回のこの処遇はあんまりです!!なにとぞ考え直してください!!」
 カインの嘆願を聞いても、バロンは眉一つ動かさず冷たい態度だった。
「そんなにセシルが心配ならば、カイン、お前も一緒に行くがよい!!」
「しかし・・。」
 バロンは何か言いたそうなカインにかまわず続けた。
「ミストの谷に白い霧の幻獣が出没するとの報告を受けている。幻獣を倒し、谷をぬけてこの指輪をミストの村に届けるのだ。そうすればこの任務は終わりだ。無事任務を遂行すれば、セシルを許してやろう。明日の朝に出発しろ。幻獣を討伐して来るまではバロンに戻ってきてはならぬ!!」
 二人は幻獣討伐の命を受けて部屋から閉め出されてしまった。
                    ☆
 セシルはカインにすまないと何度も謝った。
「お前まで巻き込んでしまった。何と詫びを入れたらいいのか・・。」
「気にするな。任務を遂行すれば陛下も許してくださるさ。」
 カインはあっさりしたものだった。彼も竜騎士隊の隊長としてバロンからそれなりに目をかけられていたが、暗黒騎士のセシルと比べるとその地位は低かった。幼い頃より兄弟のように、あるいはライバルのように競い合い育ってきた親友のセシルに、大きく差を付けられた感じはあったが、その分いやな命令をされることがなく、気楽といえた。
「今日はゆっくり休むがいいさ。ローザもお前に会いたがっていた。」
 二人はとりあえず、ここで別れることにした。
                    ☆
 セシルはバロン城内にある自室へ向かう途中、ローザに声をかけられた。淡い金髪に透き通るような白い肌、女性らしい端正で優美な顔立ち。特に深い海のような澄んだ紺碧の瞳が美しい。バロンにも美しい乙女はたくさんいるが、彼女ほど美しい乙女は誰一人として見たことがなかった。
「大変だったでしょう。あとであなたの部屋に行くわ。」
 彼女は宮廷の白魔道士となっていた。彼女は弓の使い手で、セシルが暗黒騎士となるまでは、弓を生かす道を考えていたが、恋するセシルの側にいて役に立ちたいという一心から母のマリアと同様、宮廷の白魔道士となっていた。だが、今のセシルはローザの顔をまともに見ることすらできなかった。
「ああ。」
 セシルは気のない返事をした。
                    ☆
 セシルは自室に戻る前にシドに会い、ローザを泣かすような真似をしてはいかんと叱られた。セシルはシドに幻獣討伐の命が下されたことを説明すると、シドは怪訝そうな顔つきになった。
「いったい陛下は何を考えているのだ!?俺はニコラがうるさいから家に戻るが、明日陛下に会って色々聞いてみるからな。」
 59歳と思えぬ動きでシドは家に帰っていった。
                    ☆
 セシルがベッドでまどろみかけると、優しい声が聞こえた。ローザだった。こうして暗い部屋で見てもローザは光り輝いて見える。まさに天使のような美しさだった。そして性格的にも女性的でひたむきで、バロンの若者たちのあこがれの的だった。通列、異性に好かれるタイプは同姓には嫌われがちであるが、彼女の場合はそうでもない。シドの娘ニコラはローザを妹のように可愛がっている。セシルは暗黒騎士となってから何かと評判を落としているし、カインも、やや冷たい感じがすると、一部では受けが悪い。しかしローザを悪くいう者など、このバロンには一人としていなかった。
「ローザ、本当に君はまぶしいよ。それに比べて僕は・・。」
「こっちを向いて、セシル。」
「僕は君にふさわしい男じゃないよ。僕は無抵抗な者からクリスタルを略奪する暗黒騎士。
そして陛下には逆らえない卑怯者さ。」
 セシルはローザからそっぽを向いてつぶやいた。
 「私の知っているセシルはそんな弱虫じゃないわ!」
 ローザはセシルの肩に手をかけようとした。セシルはその手を払いのけた。
「ローザ、悪いけど、僕を一人にしてくれないか?」
 ローザは美しい顔を曇らせ、セシルのひたいに口付けした。
「私はどんなことがあってもセシルを信じているから・・。」
 ローザはそっとセシルの部屋から出て行った。
                    ☆
 ローザはまっすぐ家に帰らずシドの家でニコラと飲んでいた。ちなみにバロンでは18歳以上は酒が飲めるので、現在19歳のローザが飲酒しても違法ではない。
「セシルったら私がどんなに想っているか考えてもくれない・・。」
 ローザは美しい容姿やいつものしとやかな振る舞いに似合わず、意外と酒飲みである。
「そんなことないよ。セシルはちゃんとわかってくれているよ。」
 ちなみにニコラも酒飲みであるが、こちらはかなり見た目どおりという気がする。美人ではなく、どちらかといえばファニーフェイスで、勝気で、姉御肌。だけど気風が良くて人情家で彼女もバロンの若者たちに人気があった。何と言っても23歳の年齢にしてはずいぶん包容力があり、そこがいいらしい。
「セシルは優しいから自分を責めすぎていると思う。その点カインはドライだけどね。」
 ニコラはカインが好きである。幼い頃からよく口げんかし、素直じゃなくてサバサバとしているが、その実優しい所のある彼に、なんとなく母性本能をくすぐられて気になる存在なのだ。
「私もカインを好きになれば良かったかしら?そしたらこんなに苦しまなかったかも?」
 ローザはカインを兄のように思っている。クールという印象が強いが、その実カインは心得た優しさというべきものがあって、ローザにはずいぶん兄貴ぶった態度をとる。優しいが、少し鈍感な所のあるセシルよりある意味大人で頼りになる。
「絶対それはないわよ。あの男、アタシの気持ちわかっているくせに、まるで無視だから。まあ、アタシはふられてもけっこうもてるからいいけどね。」
 思ったことをハッキリ口にするニコラにしてはずいぶん歯切れの悪い言い方である。
「カインはセシルと違って勘がいいから、あなたの気持ちに気づいているわ。問題はカインに他に好きな人がいるかどうかだと思う。」
 ニコラはそれを聞き、酒をふきだしそうになった。カインが誰を好きなのかは、ニコラだけでなく、セシルも気づいている。しかしそれをローザに口にするほどニコラはやぼではない。
「ま、カインのことはいいわよ。そんなことよりあんたはどうするの?」
「私は誰が何と言ってもセシルが好きよ。お母さんはセシルのこと嫌っているけど絶対説得するわ!セシルだっていつまでもあんなふうにしていないわ。私の好きなセシルは強くて優しくてきれいな心を持った人だもの!!」
 ニコラはローザの言葉に満足して酒をすすめた。
                    ☆
 あくる朝、セシルとカインはミストの谷に向かった。ミストの谷へ行くには洞窟をぬけなければならない。そして谷へ抜ける出口に幻獣が現れるという話である。
「シドは僕とカインの力なら幻獣なんて簡単に倒せるなんて言っていたけど・・。」
「何だ?あまり気が進まないようだな。」
「幻獣が人を襲うわけでもないのに、倒さなければならないなんて・・。」
 カインはセシルらしいとかすかに笑った。こいつは暗黒騎士になってもその優しさは変わってないと、カインは少しうれしく思う。
「幻獣を倒さなければミストの谷へ行けないし、その指輪をミストに届けることができない。何よりもこれは陛下の命令だ。この任務を遂行すればお前は赤い翼の隊長に返り咲ける。お前がやらなくても俺はやるぞ。」
「そうだな。お前の言うとおりだ。陛下の信頼を取り戻さなきゃならないし・・。」
 セシルは迷いを振り切って先へ進んだ。
                    ☆
 ミストの洞窟は霧に包まれていて進みにくい。しかし敵はゴブリンがほとんどなので戦闘は楽である。ある程度奥に進んだ時、女性のような声がした。
「悪いことは言いません。今のうちに引き返しなさい。そうすれば危害はくわえません。」
 セシルとカインは辺りを見回したが、霧しか見えなかった。先に進むしかない。セシルとカインは警告を無視して奥へと進んだ。陽の光がかすかに見える出口が見えた時、また声が聞こえた。
「もう一度だけ言います。引き返しなさい!!」
 しかし二人はそれを無視して出口の前までやってきた。すると白いドラゴンが姿を現した。幻獣というイメージ通り神秘的で幻想的な姿をしている。
「警告を無視して何としてもミストへ行くつもりですね。私はミストの守護神。こうなったら仕方がありません!!」
 ドラゴンは二人に襲い掛かってきた。ドラゴンは時々霧状になって彼らの攻撃を無効化
させた。しかし暗黒騎士のセシルと竜騎士のカインにとっては敵ではなかった。二人は実体がはっきりするのを待って攻撃し、じっくりと時間をかけてドラゴンを倒した。

第3話 「幼き召喚士」
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