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【29、月の民】

 セシル達はどうにか月の民の館までやってきた。月の館は屋根も壁も柱もクリスタルでできていてきらきらと輝いていた。外から見たときもかなり衝撃的であったが、中の構造はそれ以上に驚かされた。
「とても高度な技術を要するつくりだな。」
「人智を超える技術で作られたのかしら?でも中もクリスタルばかりね。」
 中はシンプルながら、どういう方法でこの建物を作ったのかセシル達にはわからなかった。入って真っ直ぐに進むと、誰かが話しかけてきた。
「よく来たな、青き星の民よ!」
 セシル達の前に、長い白髪と白いひげをはやした老人がいた。かなり高齢のようであったが、何歳かは見当がつかなかった。その顔は英知に満ちていて、実に温厚そうな顔立ちをしている。
「あなたが月の聖者?!」
 セシルはなるほどそれらしい顔をしていると思った。老人はにっこりと笑みを見せた。
「私はフースーヤ。確かに青き星の者は私を聖者と呼んでいるが、決してそのような高尚な者ではない。セシルよ。お前が来るのを待っていた。」
「!?なぜ僕の名前を?」
「それはおいおい話すとしよう。」
 フースーヤはおごそかな顔つきになってまず自分達について話しはじめた。
                    ☆
 フースーヤ達は、現在は月に住んでいるが、元々火星と木星との間にあった惑星の住人であった。彼らは高度な力と技術を誇っていた。しかし彼らはそのためにおごり高ぶり、愚かにも無意味な抗争を繰り広げた。ある者は機械技術を発展させ、それで世界を掌握しようとした。そしてある者は幻獣を傭兵にし、兵器として売りさばいた。そして惑星は、その星にいた住人達自らの手で滅びていった。そしてフースーヤ達わずかな民は宇宙船で脱出して新たに居住できる星を探したのである。
 そしてフースーヤと弟のクルーヤはついに理想的な青き星を発見したのである。しかしその星が高度な文明を持つ彼らが住むには、まだ原始的な星であったために長い年月を必要とした。そして彼らの中に、フースーヤとクルーヤのやり方に異を唱えるものが現れた。それがゼムスであった。
 ゼムスは青き星に住む全ての生命を滅ぼして、その星に自分たちが住めば良いと言い出した。フースーヤとクルーヤは邪悪な彼を月の地下中枢の場に封印した。しかしゼムスは封印されながらも、自分を封印する原因となったフースーヤとクルーヤ、そして青き星に住む者全てを憎み、その憎しみは人々の憎しみを集めよりいっそう増大化してしまった。そのために彼の邪悪な思念だけが動き、その邪悪なテレパシーにて操られている者こそゴルベーザであった。
                    ☆
 フースーヤから話を聞いたセシルは驚いていた。ゴルベーザこそ悪の権化だと思っていたのに、実はゴルベーザも操られていたとは。
「でも何のためにゴルベーザは、クリスタルを集めていたのですか?」
 セシルにはクリスタルが何かを封印するためにあるということは知っていたが、具体的なことは何もわかってはいなかった。
「バブイルの塔には機械仕掛けの巨人が封印されている。それもかつてゼムスが地上の破壊のために送り込んだものだが、我々はそれをクリスタルの力によって封印したのだ。だがクリスタルをすべてバブイルの塔に集めると巨人は復活する。ゼムスの目的は巨人を復活させて地上のすべての生命を焼き尽くすつもりなのだ。」
「ひどい!!」
 リディアはあまりのことに唇をかんだ。この地上の生命を何だと思っているのだろう。そんなことをさせてたまるものかと、彼女は美しい顔を怒りでゆがめていた。
「ところでどうしてこの僕を月に?それになぜ僕の名を?」
「クルーヤはあの青き星に魅せられて魔導船を作り、それで調査のためにあの青き星に降り立ち、そこでテレサと知り合ったのだ。やがて2人は愛し合い2人の兄弟が生まれたが、その1人がお前なのだ!」
「それじゃ、クルーヤは?!」
 セシルはショックを受けてそれ以上言葉が続かなかった。
「それでクルーヤさんはいまどこに?」
 ショックを受けて呆然となっているセシルを横目で見ながら、ローザは尋ねた。
「ゼムスの憎しみの波動によって命を落としたのだ!!」
 温厚そのもののフースーヤがこの時初めて怒りと哀しみをあらわにした。
「私は弟のクルーヤを試練の山の山頂に埋めた。クルーヤは死んでしまったが、彼のあの星に対する愛だけは生きておる。そのために彼はセシル、お前にあの魔導船を残し、パラディンとしての力を授けたのだ。」
 つまり試練の山でセシルに語りかけた声と、魔導船に彼が乗った時に語りかけてきた声は父親のものだったのだ。
「もう1つ言っておかねばならぬことがある。ゴルベーザも・・おそらく月の民・・。彼が操られたのは彼に流れる月の民の血筋ゆえ・・。」
 フースーヤは何か言いよどんでいるようである。しかしセシル達は今まで聞いた話があまりに衝撃的過ぎてそれに気付くことはなかった。
 フースーヤはショックを受けてうつむきがちになっているセシルの顔を、そっとのぞきこんだ。その顔は、今度は息子でも見るような慈愛に満ちた表情に変っていた。
「我々がすべきことはあの青き星を守ることだ。さあ、もう行こう。バブイルの巨人が復活して地上の生命が焼き尽くされぬように!!」
 フースーヤはそう言って装備を整えた。彼らにはもう悩んでいる間もないのだ。セシル達はまだ気持ちが混乱している状態ではあったが、急いで魔導船に戻り、再び自分たちの愛する青い母星へと向かった。


第30話 「バブイルの巨人」
第28話 「幻獣神の使い」に戻ります
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