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【35、哀愁の白竜】

    この渓谷はとてつもなく広く、入り組んでいた。その上途中で出会う敵も半端でなく強かった。それでもセシル達はとどまることなく先に進んでいった。
  セシル達は地下3階で、白竜と出会った。その全身は雪よりも白い神々しいほどの純白をしていたが、その蒼い瞳は、血走っていて、激しい憎しみと悲しみに満ちていた。
「愚かで弱き人間達よ、我が前に現れたことを悔やむがいい。」
  白竜はセシル達に有無も言わさず襲い掛かってきた。白竜のすさまじい咆哮とともに、セシル達は体力が一気に奪われていくのを感じた。
「とにかく回復を!」
  ローザはすかさず最も回復力の強い白魔法ケアルガを全員にかけた。
「こんな奴にかまっていられるほど俺達はひまじゃねえ!さっさと倒そうぜ!!」
  エッジはそういって風魔手裏剣を投げた。幸いこの竜には通常の攻撃がかなり効くようである。続いてカインはジャンプ攻撃で白竜に飛び掛っていった。確実にダメージを与えられる。続いてリディアも竜の髭と呼ばれる鞭を振るった。召喚魔法を使いたい所だが、これからゼムスを倒しに行かなくてはならないので、魔力を温存しておきたい。それにこの鞭は竜族には有効な武器である。竜はリディアの鞭によって動きが弱まった。
「今だよ、セシル!!」
  セシルはリディアの声と同時にエクスカリバーを構え、斬りかかった。普通の剣ならばこうはいかなかったろうが、鍛え抜かれた聖剣は固い竜の鱗をも斬り裂いていく。白竜はのたうちまわって苦しんでいたが、やがて動かなくなった。
「ああ、ありがとう。私はやっと呪縛から解放される。」
  その声はひどく優しげな女性の声だった。ローザはとどめを刺そうと、アルテミスの弓を構えかまえかけたが、それをセシルに止められてしまった。
「待て、ローザ!あの白竜は、本当は悪い竜ではないようだ!!」
  ローザは弓矢を下に置いた。セシルは白竜に近寄って話を聞いた。
「どうしてゼムスの手下になどに?」
「愚かな恋と嫉妬ゆえに・・。」
  白竜はやや自嘲気味に語った。
                     ☆
  白竜は、幻獣神に仕える正しい心を持った竜だった。幻獣神は白竜のことをとても信頼しまるで娘のように愛してくれたとのことだった。しかし白竜は幻獣神のことを全く違う意味で愛するようになってしまった。
「けれど、幻獣神が女性として愛されたのはあの人間の女だった。私はあの人間の女に嫉妬し、他の竜と共にあの母娘を地上に追放するように仕向けたのです。私はその頃からすでに闇に染まっていたのです。」
  話を聞いていたカインはひどく心が痛んだ。彼女の気持ちはよくわかる。この竜は自分と同じである。
「私はこともあろうに人間を逆恨みし、ゼムスの口車に乗って幻獣神の元を去り、あの方の弟君に仕えました。そしてゼムスの計画を知りながらも私はそれに加担していきました。これが許されないことと知りながら・・。」
  白竜は一振りの忍刀を差し出した。それはひどく妖しい光を放っていた。
「この忍刀はムラサメと呼ばれる妖刀です。持つ者を支配するといわれる恐ろしい武器です。けれど心正しき者ならば、かえってこの忍刀をうまく操ることができるかもしれません。どうかこの後の戦いに役立ててください。」
  エッジはそれを手にすると、確かにものすごい力がみなぎってきた。
「さあ、この私にとどめを刺してお行きなさい!どのみち私はもう元には戻れません。」
「道を開けてくれ!!僕達のねらいはお前ではなく、ゼムスだ!!」
  心優しいセシルには、哀れな白竜の命を奪うことなどできなかった。セシル達は白竜がどこかへ飛び去っていくのを見守り、自分達も先に進んでいった。
                     ☆
  戦闘に勝ち進んだというのに、セシル達の気は晴れなかった。
「憎しみではなく、愛のために狂ってしまうなんて・・。」
  リディアはショックを受けていた。愛とは人を幸せにするもののはずなのに、まさかこんなこともあるとは考えもしなかった。
「いや、愛のせいじゃないさ。」
  カインがリディアに答えた。
「白竜は確かに幻獣神を愛していたとは思う。だが、そのために恋敵を憎んでしまった。白竜が幻獣神の愛を祝福することができたなら、あんなことにはならなかっただろう。」
  カインは自分のことを重ね合わせて話した。
「えらそうによくそんなことが言えるな。てめえだって同じことをしたくせに!!」
「エッジ、何てこと言うの?!」
  心ないことを言ったエッジをリディアは急いでたしなめる。
「いいさ、本当のことだからな。だがせめて白竜の心が救われて良かった。」
  カインはそう言って後ろを歩いているセシルとローザを見ていた。この2人を心から祝福できるようになるまで、まだ時間がかかりそうである。そのためにももっと心を鍛えなければならないとカインは思った。

第36話 「闇の幻獣神」
第34話 「月の地下渓谷」に戻ります
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