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< 双月 >
- On the night before the decisive battle -

第3話 『真昼の月を見上げて』

時は満ち、全ての準備は整った。
血のように紅く染まり、蒼天を穢すあの月へ、
全ての決着をつけるために、僕らは往く。

さぁ、今こそ旅立ちの刻――


Phase-1 餞


「セシルさん、積み込み完了しましたー」

積み込みを手伝ってくれている作業員だ。

「ありがとう。
 すぐにでも出発するから、
 作業していた人を急いで退避させてくれ」

タラップの前にいたセシルは、
魔導船のハッチで手を振るその人影に向かって、声を張り上げた。

すぐに返ってきた「わかりましたー」との返事。

セシルはそれに手を挙げて応える。
そして、ホッと息を吐き、空を見上げた。

――青空。

そこには深い蒼を引き立てさせるように、
穏やかに流れていく真っ白な雲が添えられている。

セシルは見納めになるかもしれない色を目にしっかりと焼き付け、瞑った。
すると、鮮やかに思い出される色とりどりの光景――
駆け抜けてきた旅路が瞼のウラにまざまざと甦ってくる。

セシルは、この星で出会った全ての出来事を反芻し、噛みしめた。

「もう、往くか……」

ミシディアの長老が魔導船の偉容に目を細めながら、
セシルに向かって呟くように言った。

セシルは、長老を……
そして、見送りに集まってくれた一同を見回し、大きく頷く。

「はい。
 フースーヤとゴルベーザはすでに先行しています。
 僕らは彼らに追いつき、力を合わせようと思います」

「そうか……」

苦渋の表情に皺が深まる。
が、ただ静かに、穏やかに口を開いた。

「儂らは、これ以上何も出来んが……。
 精一杯祈らせてもらおう、おぬしたちの無事を」

「頼みます」

セシルは笑った。
長老は、その顔を見て、眩しげに目を細める。
頷くその渋面は、幾分和らいだものになっていた。

と、それを見計らったように、
長老のローブの後ろから二つ小さな影が現れた。

「兄ちゃん!」

「お兄さまっ!」

元気な声が挙がる――パロムとポロムだ。

相変わらずの二人。
……だったのだが、セシルは眉を顰めた。

おませなポロムは兎も角、
今日はやんちゃなパロムも殊勝な面持ちで、こちらを見上げていたからだ。
口元は、何かを堪えるようにきゅっと結ばれている。

怪訝に思ったセシルが視線を投げかけると、
パロムは真っ直ぐにセシルの目を見ると、その口を開いた。

「悪いな、兄ちゃん……付いていけなくてさ……」

言葉の語尾があからさまに沈んでいく。

パロムとポロム――幼き二人の魔道士。
二人は、バロン城での戦いで敵の罠に嵌ったセシルたちを、
自らを石化することで救ってくれた。

その石化はミシディアの長老によって解かれ、
今でこそ元気な様子を見せてはいるが……。
自らの意志で石化の魔力を維持していたためか、
それとも、強引に石化を解かれたからか、
いずれにしても彼らの魔力、精神力は著しく減退し、
1日の7割を寝て過ごさなければならなかった。

日々順調に回復しているとはいえ、
まだ無理は出来ない状況には変わりない。

だから、この戦いに参加することなど出来ようはずがなかった。

だが、それを責めるようなセシルではない。
逆にどういうカタチでも、
パロムとポロム――二人が元気でいてくれる方が嬉しかった。
仲間であり、恩人であり、弟であり、妹。
だからセシルにとって、二人の無事が何よりも嬉しかった。

落ち込むパロムに向かって、セシルは顔を横に振る。

「気にするな、パロム」

「でもさ……」

悔しさの滲む視線が地に落ちていく。
セシルはワザと明るい声で、

「らしくないぞっ!」

と、パロムのおでこを小突いた。
そして、微笑みかける。

「おまえがそんな顔してると、こっちまで調子狂っちゃうだろ?」

あ、と俯きがちだった顔を上げるパロム。
セシルにハッパをかけられて、目をぱちくり……。
跋の悪さに顔を紅潮させた。

その変化にセシルは苦笑を洩らす。

パロムは、いつもの顔に戻ると、
へへんっと悪態を吐いて鼻の下を指で擦った。

――と、無防備なセシルの腹にお返しとばかりの一撃。

「ぐぁっ」とセシルが腹を押さえたときには、もう身を翻したあとだ。
アッと言う間に手の届くところから逃げ出すと、

くるりと振り返り、笑った。

「へっ、オイラが付いていかなかったから負けただなんて、
 そんな言い訳させないからなっ!」

「ああ、負けない。約束する」

「ふ、ふんっ!」

一生懸命怒った顔を作るパロム。
その様子に苦笑を洩らし、口元を抑えたのはポロムだ。

「まっ、パロムったら。
 ホントお子さまなんだから……」

一頻り笑うとセシルの前に進み出てきた。
おもむろに青い小箱を差し出す。

「お兄さま、これを持っていってください」

「これは……」

意匠の凝らされた蓋を開け、驚いたセシルはポロムを見る。
ポロムは、エヘッと笑みを零した。

「エクスポーションです。
 何も出来ないのは癪ですから、作ってみたんです。
 結構、難しかったんですよ、古文書解読しながらだったんで……。
 ……パロムっ! あなたも渡しなさいよ」

「兄ちゃん、受け取れっ!」

「おっと!?」

セシルは、とっさ投げつけられたモノを何とか受け止める。
こちらも小箱――対のようで、こちらは赤だ。

開いてみると――

「赤い牙、青い牙……これも?」

「ええ、未精製の竜の牙を集めてパロムが作ったんです。
 わたしたち、すぐに眠くなっちゃうから時間が無くて……。
 どっちも数は少ないですけど、使ってください」

ポロムは笑みを作って……
でも、それは急速に翳りを帯びた。

ポロムは言いにくそうに零す。

「本当は……わたしもパロムも、本当は付いていきたいんです。
 でも、無理は言えないから……だから、せめて……」

ポロムは、歳不相応の苦い笑みで視線を落とす。
そんなポロムの頭にポンと手を置くセシル。

「ありがとう。
 大事に使わせてもらうよ」

そう言って、撫でてやるとポロムは嬉しそうに微笑んだ。
――今度は歳相応ににっこりと。
そして、その腰に甘えるように力一杯抱きついた。
また、「えへへっ」と満面の笑み。

それを遠巻きに見ていたパロムが「あぁーっ!」と大声で叫んだ。

ポロムは得意げに笑って舌を出す。

「なによ、羨ましいなら、
 パロムも抱きつけばいいじゃない」

「へ、へんっ! そんなことするのは女子供だけだねっ!!」

「意地っ張りねぇ~
 わたしはいいもん。
 女の子だし、子供だし……両方当てはまってるもん」

ポロムがそう開き直られると、パロムはぐうの音も出ない。
ふんっと顔を背ける……が、そわそわしながらポロムを盗み見て――

パロムは我慢できなくなったのか、猛然と走ってきた。

セシルは、そのまま飛びついてくるのか?と、身構えた。
が、パロムは予想に反し、
ポロムのすぐ後ろを駆け抜けていっただけだった。

ただ、その瞬間――

――ポロムのローブ、その裾を跳ね上げていたワケだが。

当然、ヒラリ翻った裾の下……そこには……。
ポロムは顔を真っ赤に染めて大急ぎで抑えるが、もう遅い。

「パ~ロ~ムゥ~っ!!」

「へへんっ! ポロムのパンツは水玉パンツぅ~とくらっ!」

「何て事するのよぉっ!
 今日という今日は、ぜ~ったいに赦さないんだからねっ!!」

肩を怒らせて叫ぶポロム。

当のパロムは澄まし顔に続いて、あからさまな溜息。

「ポロムゥ~」

パロムは、噴火寸前のポロムに向かって諭すように呼びかけた。
そして、チッチッチと指を振り、にひひと意地悪な笑み。

「男に抱きつくときは、
 もうちょっと色気のあるパンツ履かないとなぁ~」

「むぅ~~~もうっ待ちなさい、パロムっ!!」

「へっ、追いつけるモンなら追いついてみなっ!」

「こ、これ、おまえたち――」

くるくると走り回る、パロムのしてやったりの顔とポロムの憤怒の顔――
その真ん中で長老のおろおろした顔――

みんな、追いかけっこを始めた二人に苦笑を浮かべた。



そんな絶え間ない笑い声――
その見えない間隙を縫うように別の二人がセシルの前に進み出てきた。
一人は巨漢、一人は優しげな青年だ。

「セシル殿」

「セシル」

セシルは笑みで応える。

「ヤン、ギルバート、躰は大丈夫か?」

ヤン――ファブールのモンク僧。
彼は、バブイルの塔での戦いでドワーフ軍を守るため、
大砲台を素手で破壊し、その爆発に巻き込まれた。
その傷は、シルフたちによって徐々に癒えているが、
まだ、本調子には程遠い。

ギルバート――ダムシアンの王子にして、吟遊詩人。
彼は、リヴァイアサンが引き起こした海難事故に遭い、
トロイアに流れ着き、もとが病弱であったために伏せっていた。
その後、ダークエルフとの戦いの折りに力を貸してくれたが、
そのためにまた病状を悪化させていた。

どちらもこの戦いに巻き込まれ、
躰に、また心に大きな痛手を負っている……そんな二人だった。

「無論――と言いたいところだが、すまん。
 是が非でも共に往きたいのだが、如何せんこの躰では足手まとい。
 我ながら、この非力さが恨めしい……」

「同感です。
 ボクも病気は大分良くなったのですが、今のままでは……」

「気にしないでくれ、二人とも」

悔しそうな顔をしている二人に向かって、
セシルは首を横に振る。

ヤンはもう一度「すまん」と頭を下げると、

「その……代わりと言ってはなんだが、
 コイツを持っていってくれまいか……きっと役に立つと思う」

――と差し出されたのは、

「……これは……包丁?」

「ああ、家内が使っている包丁だ」

ヤンは、困惑を浮かべたセシルに向かって頷く。

「家内の実家は……いわゆる歴代の刀鍛冶でな。
 中でも家内が造る品は『鞘割り』と評判の立つ随一の一品だったのだが、
 本人は家事は好きでも、鍛冶は嫌いという体たらく……。
 ぜひ力になればと思って家に戻ってみたのだが……
 今、残っているのは、残念ながら調理器具だけなのだ。
 だから、その中から一番武器になりそうなコレを持ってきたのだが……」

セシルが半信半疑で聞いていると――横槍。

「……ふぅん、包丁ねぇ」

いつのまにか後ろに回り込み、
覗き込んでいたエッジが値踏みするように眺め、鼻を鳴らしていた。
そのまま顎を杓って一言。

「でも、ホント使えんの?、それ」

「試してみるか?」

そう言って、意味ありげに苦笑するヤン。

目配せしながら「見ていろよ」と言うと何を思ったのか、
ちょうど足下に転がっていた牛の頭ほどの岩塊に向かって、
その包丁を無雑作に――落とす。

「…………」

――サクッという音もなかった。

自由落下した包丁は岩をものの見事に刺し貫き、
柄のところまで埋まっていた。

エッジは、悪い冗談でも見たように引きつった顔で呆然……声も出ない。

ヤンを除く他の全員も似たようなモノで、息を飲んでいた。
何をどう考えても、包丁と呼ばれる刃物の切れ味じゃない。
……というか、普通の武器とは次元が違う。

幻を見たのではないか?

そんな思いに囚われた全員を代表するようにセシルが動いた。
もう一度試すべく包丁を恐る恐る引き抜き、今度は岩を千切りしてみる。

――手応えもなく、アッサリと千切り完了。

セシルはあまりの切れ味にじっと手を見る。

確かにこの切れ味は現実だ。
だが、何と言えばいいのか……。
ハッキリ言って、凄い……を越えて、これは……。

「あのさぁ~」

エッジが頭をポリポリ掻きながらヤンを向き直ると呆れたような声を上げた。
どうやら硬直は解けたらしい。

「これ、切れ過ぎっていうか……危なくない?」

「収める鞘を文字通り割っちまうから『鞘割り』か……納得だな」

「む、使えんか……」

苦笑を見合わせながら、皆の感想を代弁するエッジとカイン。
ヤンは至極残念そうだ。

正直、セシルも二人同様使いこなせるとは思えなかったが、
しかし、これほどの切れ味だ。
使いこなせれば相当の戦力になるのは間違いないのだが……。

持て余すほどの強力武器の出現に唸る。

と、苦笑じみた笑い声。
エッジだ。彼はいつものように調子よく言った。

「ま、いいさいいさ。
 タダでくれるって言うならもらってこうぜっ!
 要は使い様ってことだろ?
 だったら、扱えなくても投げちまえば自分を斬る心配はないさ。
 これだけ斬れるんなら、ゼムスだってイチコロだな」

エッジは歯を見せて笑った。
その言葉に、セシルも名案だと頷く。

「そうだな。
 ヤン、ありがたく持っていかせてもらうよ」

それを聞いたヤンは、
頬を弛め、「かたじけない」と言って頭を深々と下げた。

「それじゃ、今度はボクだね」

――♪ポロン……。

透明な音色が広がった。
皆の視線は、自然とその中心にいたギルバートに集まる。

「ボクは、みんなみたいに贈り物は持ち合わせていないから……
 代わりにこれで――いいかな?」

ギルバートは、そう言って脇に抱えている竪琴を指した。

「ああ、聴かせてくれ」

セシルは頷く。

頷き返したギルバートは、サッとその場に座り込んだ。
高貴な血筋ゆえか、それだけで溜息が洩れるほど流麗な身のこなしだ。
淀みなく組んだ足で竪琴を支え、一度竪琴の弦を抑えて音を消す。

すると、大気に溶け込むようにその面差しから人の気配が消えた――
その瞬間、皆を包む大気が小さく揺らいだ。

…………

………

……ゆったりと流れ出す音色。

弦の上を軽やかに踊る指先は、
まったく別の生き物のような躍動感を秘め、
複雑な旋律と音階を宙に刻んでいく。

その響きは優しくもあり、時には激しく。

透明で見えない。
掴もうとしても触れることも出来ない。

――でも、そこに存在する心を乗せて、竪琴は唄う。

土のように暖かな優しさを。
水のように純粋で透明な祈りを。
火のように激しくも静かに猛る勇気を。
それを自由たる風が、大気の響きが全てを束ね、
まとめ上げて遙か高みまで広げていく。
溶けていく……。

それはきっと――今は薄く見えるあの月にまで届く、

そう思わせるような音色だった。

みんなは心を音に委ね、融けて一つになり、
恍惚の中、高みへ駆けていく。
そこにある何かを得るために駆けて……。

――と。

唐突に竪琴の音が途切れた。

皆、ハッと我に返る。

あまりに中途半端な所で曲が終わってしまい、
怪訝な視線が一斉に集まった。
物足りない。続きはどうしたのか?――と。

視線の先――ギルバートは苦笑を浮かべていた。

「ごめん、まだ未完成なんだ……この曲」

自嘲の溜息を落とす。

「でも、どうしても聴いてほしかったんだ。
 気を悪くしたなら……ごめん……」

そのまま俯いてしまうギルバート。
気落ちする彼に、みんなは苦笑を浮かべた。

「気にすることねぇって。
 オレ様が聴いたことがないくらい、いい曲だったぜ」

「そうだな」

「ああ、素晴らしかった。ギルバート殿」

「でも、もうちょっと聴きたかったよなぁ~」

「こら、パロム。
 気にしないでください、ギルバートさま」

皆、口々に励ます声。
セシルは肩を落とすギルバートの肩に手を置いた。

「みんなの言うとおりだ、ギルバート」

「セシル……」

「とても良かった。
 僕らが戻ってきたときは……。
 そのときは、完成したモノを聴かせてくれ」

微笑みかけるセシル。
ギルバートは感極まった表情で頷いた。

「もちろんだともっ!」

そして、もう一つ力強く。



「セシルさん、退避も完了ですー」

振り向けば、先程作業完了を報告してきた男が
幾人かの仲間を従えてタラップを駆け降りてきた。

セシルは駆け寄ってくる彼らに向かって頷くと、労いの言葉をかける。

「ああ、ご苦労さま」

「運び込んだ物資は、
 言われたとおりに全てデブチョコボの腹の中ですので」

「了解した。今日まで手伝ってくれてありがとう。
 本当に助かったよ。」

セシルは懐を探る。

「それから謝礼だが……」

――と、言葉を遮るように男は言った。

「ははっ、謝礼なら結構ですよ。
 もうとっくに前払いで頂きましたからね」

セシルは「は?」と男の顔を見る。

彼は仲間達と視線を交わし、ニヤリと笑った。

「昨日ですよ……あ、今朝とも言えますか……」

「ん…………?」

セシルは意味不明なヒントに眉を寄せて……気づく。

「……ああ! 酒場でのっ!!」

と、手を打った。
途端、男たちは顔を見合わせニヤリと歯を見せた。

昨夜のドンチャン騒ぎ――
あの中に居た連中が手伝ってくれていたのだと、
セシルはようやく気が付いたのだ。

居合わせた人の顔などほとんど覚えていなかったのだが……。
なるほど。言われてみればどれも見た顔だ。

「ええ、昨日はごちそうさまでした」

「はははっ、そうか……。
 うん、昨日は本当に楽しかったな……」

あれほどハメを外したのは記憶にない。
セシルは感慨深げに呟いた。

男は同意とばかりに頷く。

「ええ、だから……。
 また戻ってきたらやりましょう。
 今度もまた盛大にっ!」

事も無げに、男はそう言った。

それは他愛もない一言――
でも、その言葉に込められた想いに触れて、胸が熱くなる。

セシルは男たちの顔を見回した。
一夜の気の良い仲間たちがそこにいる。
そして……自分もその中の一人だということに誇りを覚えた。

セシルは頷いて、

「ああ、そうだな……そうしよう」

そして、手を差し出す――約束だ、と。
男は照れたようにおっかなびっくりその手を握った。

「それでは、ご無事で」

「ありがとう」

セシルは手に力を込めた。



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