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< 双月 >
- On the night before the decisive battle -

最終話 『二つの月が重なる刻』

後部にあるレストルームの窓――
そこから青き星が遠ざかっていくのが見える。
セシルたちは、その青さと美しさに心を奪われていた。
皆の待つ母なる星に目を伏せて、セシルは呟く。

――暫しの別れを。


Phase-1 双月交想


――月。

取り巻く大気が魔導船の外装に引き裂かれ轟音を挙げる。
月を取り巻く大気の層を突き抜けると、
コントロールルームのキャノピーには荒涼とした地表が広がっていた。
植物などは影も形もなく、岩肌を顕わにした山々。
邪悪な魔物達が跋扈する大地。
それは見渡す限り何処までも不毛で、光ある生命の存在を拒んでいた。

だが、魔物以外の生命が皆無と言うわけではない。
この地中奥深くでは目覚めを待ち続ける月の民が眠り、
また諸悪の根元であるゼムスが待ちかまえているのは間違いない。
太陽の光も届かぬ――その場所で、今も……。

魔導船は巡航高度まで降下し、速度を弛める。

渓谷の狭間にそびえる月の民の館へは、
地形の厳しさから直接魔導船を乗り付けることはできない。
まず、地下通路を経由しなければならなかった。
魔導船は通路の入口を見落とさないよう、徐々に速度を落としていく。

見えた、通路の入口――

セシルは口元を引き締めると、
なるべく平坦な場所を着陸地点に選び、魔導船を降下させていく。
地面がぐんぐんと迫り、緩衝システムで相殺しきれなかった着陸の衝撃が
微振動となって伝わった。

――着陸。

空気の抜けるような何かの収縮音と共に
クリスタルリアクターの動力伝達が絶たれ、主機関の駆動音が消えた。
もうセシルたちが戻るまで、この音を聴くことは無いだろう。

操縦席から立ち上がったセシルは、
両脇に控えていた頼もしい仲間たちを見た。

カインとエッジ。
いずれも準備は万端だった――もう、何の憂いもない。
ならば為すべき事は、ただ一つ。

「往くぞっ!」

向かうは、月の民の館。
中心核に向かったフースーヤとあの人の元に。
そして共に、全ての元凶――ゼムスとの戦いに赴くのだ。

その号令と同時に、急ごう!とばかりに駆け出すセシル。
カインとエッジが我先にと順った。

――と。

そのときだった。

先頭を切ってセシルの足が、出口方向に向けられたまま凍りつく。
後に続いていた二人も蹈鞴を踏んで立ち止まり、
何事か?と、その視線の先を追っていき――
そして、三人の刺すような視線が同じモノに釘付けとなった。

外へのタラップに繋がる転移パネルの前に現れた――人影に。

「なっ!――」

言葉が続かない――
有り得ない、有ってはならない人影に、セシルは驚愕のあまり絶句した。
硬直したセシルの代わりに、その人物の名はカインが口にする。

「ローザ……」

疑うべくもない――

高い位置で纏められた豊かな金髪。
飾られた黄金の髪飾り。
柳眉の下で輝く切れ長の双眸。

通った鼻梁も、か細い顎筋も、白のローブを纏った姿も――
何もかもが実体感を帯び、
居るはずのないローザがそこに居ることを訴えていた。

――幻では、ない。

(莫迦な……)

セシルは、自分の目を疑った。

目を凝らした先で、青き星で待っているはずの彼女が、
パネルに向かう三人を遮るように両手を広げ、立ちはだかっている。
その双眸は、ただ静かに自分を見つめている。

そう――ローザは紛れもなく、そこに居るのだ。

(何故、君がここに……)

一瞬、たちの悪い冗談だと思った。幻だと思った。思いたかった。
別れを惜しんだ弱い自分がローザの幻影を読んだのだと……思いたかった。
セシルの心に訣別したはずの想いが甦り、
幾つかの思考が脳裏を駆け抜ける。

だが、実体だと思い知ると、そんな感傷もまっ白になった。
何より自分の願いを裏切ったローザへの憤りが沸き立ったからだ。

セシルは事態の理不尽さに打ち震え、荒い声が跳ね上がった。

「そこを退くんだっ!」

「いやよ!」

間髪入れない反駁。
ローザは、視線でセシルを射抜いたまま両手を広げ、
恫喝に怯むことなく、逆に跳ね返すように前へ進み出た。

「連れて行ってくれないなら、ここを一歩も通さないっ!!」

二つの視線が交錯し、火花を散らす。

「なにを……」

セシルは憤慨を噛み潰すと、
制止しようとするカインを振り切って、烈火の如く叫んでいた。

「何を莫迦なことを言っているんだ!
 もう君が戦う必要はない――
 死ぬような辛い目に遭う必要もない。
 もう、僕の戦いに巻き込まれる必要は何処にもないんだぞ。
 ……何故、それを判ってくれない!!」

小刻みに震える拳は、込めた力が強すぎて血の気が失せている。
白蝋のような白さが痛々しい。

「……もう、いい。
 ここに来てしまったのは、もう仕方がない。
 だが、君を連れてなど行けない!
 もう君の戦いは終わったんだっ!!」

セシルは退けとばかりに、手を横に払った。

「ここから先は、僕たちだけが往く――
 だから君はここに残るんだ、ローザ!」

覇気に気圧されて、エッジもカインも言葉が出ない。
心臓を握り潰さんばかりのセシルの恫喝に、
二人とも手足も弛緩して、動こうにも動けなかった。

息苦しい沈黙――
それを破ったのは意外にも恫喝を正面から受けたローザだった。

「……違う」

ポツリと零す。
ローザは視線を外さぬまま、かぶりを振った。

「違う違う!」

セシルの険の立った視線に――
魔物さえ圧倒されそうな剣幕に――
ローザは気圧されるどころか、逆に一歩進み出る。

「勝手に決めないで!
 私の戦いは、まだ終わってなんかいないっ!!」

沈黙――

一歩も退かない両者の視線が絡まる。
まるでその間だけ時間が止まったかのように二人は、そのまま凍りついていた。

――誰もが息を飲む瞬間。

だが、どうしたことだろう。
次の瞬間、ローザの瞳からセシルの視線を跳ね返すような烈気が消えた。
決して引き下がったわけではない。
跳ね返すでなく、受け容れる――そんな視線に変わっていたのだ。
ただ静かに……穏やかに光を湛えて……。

ローザはフッと相好を崩した。
紡ぎ出された言葉は、笑みすら含んだ穏やかなモノだった。

「あなたは、私を自分の戦いに巻き込んでいると言ったわね。
 そして、私に戦う必要はないとも――
 でも、それは間違いよ。
 あなたの戦いが有るように、私にも私の戦いがあるわ。
 それはあなたの為だけじゃない……他の誰の為でもない、私の為なの」

セシルの瞳に生じた微かな戸惑い……。
それを見て取って目を細めると、ローザは口を開いた。

「最初はね、確かにあなたの傍を離れたくないと思った。
 あなたの為に戦いたいと思った……ううん、今もそう思ってる。
 でもね、今はそれだけじゃない――」

仄かな自信を湛えた微笑――

それは心を奪われるほど美しかった。
事実、セシルは怒気を霧散させ、その顔を見取れてしまう。

「私には、何に代えても欲しいモノがあるの。
 そして、それはこの戦いの先にある。
 そう信じてる。
 だから私は、それを手に入れるために――戦うの。
 危険かも知れない。
 命を落とすかも知れない。
 でも、私にはそれを掴み取るための両手も意志も、両方あるのだから、
 もう与えられるまで待ったりはしない」

「ローザ……」

それはセシルにとって新鮮な驚きだった。

幼き頃からずっと傍にいたローザ。
いつだって彼女は控えめで、我を通すこともなく、
無茶ばかりしていた自分とカインを遠巻きに、時には傍らで、
ずっと見守っていてくれた――ただ、直向きな視線で。

そんな彼女が欲するモノは――
今までの自分を捨ててまで手に入れたいと望むモノは――

セシルは真摯な瞳で彼女の瞳の輝きを受け止めると、静かに問いかける。

「君の欲しいモノとは、何だ?」

セシルの目の前で、大輪の蕾がほころんだ。
慎ましくも艶やかに。

「――未来よ」

「未来……!?」

ローザは大きく頷く。

「ええ、私が望む最高の未来っ!」

そう――これがローザの望み。

まだ見ぬ答えへ繋がる道標であり、
答えに繋がる、ただ一つの可能性……未来。

「私の欲しい未来は、あなたと共にあるわ。
 だから、あなたが欠けてもダメ、私が欠けてもダメ。
 私はこの戦いの先にある未来を勝ち取る為に全力を尽くしたいの。
 そのために守ってみせるわ――あなたも、私自身も、必ず!!」

「ローザ……」

「そして戦うの、ゼムスと――私の望みを絶つ可能性と――
 きっとその先にある大切な未来のために」

そう言い切って、ローザはふっと苦笑を零す。
自分の望みのために、セシルの望みを無視してしまう自分に。

でも、決意は変わることはない。
その証拠に、今のローザは誰よりも自信に満ちた表情をしていた。

「赦して、だなんていわないわ。
 でも、私はこの戦いを終わらせる為にできることが、まだ残っている。
 だったら、私の戦いは終わっていないということ……
 だから、私は戦いを終わらせる一番確実な方法を選ぶ」

「それが、セシルに付いていく――ということか」

セシルの肩にポンと手が置かれた。

ハッとして、顔だけで振り返る――カインだ。
彼は、踏み出せないセシルの背中を押すように置いた手に力を込めた。

「……しかたないよな、セシル」

「うらやましいねぇ」

腕組みしたエッジも含み笑いを浮かべて、何度も頷いた。
そして、(観念しなよ)とウインク。

セシルはもう一度ローザに向き直り、真っ直ぐ見つめる。
そこに湛えられた意志を見つめ、瞼を伏せた。

(未来……僕たちの未来を賭けた、戦い……)

人は、未来を自分の手で掴み取るモノ――
その為に『今』を精一杯生き、自分に出来ることに力の限りを尽くす。
時には、己の夢や望みを叶えるために。
時には、大切なモノを守るために。
時には、今は見えない何かを手に入れるために。

それらは全て可能性に――未来に収斂していく。

そして、自分に出来ることを探し求め、
全てを終えた者だけが、やっと待つことを……祈ることを赦されるのだ。

ならば――
出来ることを見つけたローザを止めることなど、できない。
自分は――止めてはいけないんだ。

意を決したようにセシルは瞼を開いた。

「ローザ……」

「……はい」

――再び見つめ合う二人。

セシルは高鳴る動悸を振り払うと、
声を懸命に振り絞る……そこに万感の想いを込めて。

「……ついてきてくれるか?」

神妙な面もちで、
ローザは、その想いの全てを受け止めた。

「はい……」

すると頷いた顔――その目尻で何かが輝く。
それは頬に筋を創って顎先に辿り着き、胸元で弾けた。

上げたローザの顔は、誇らしげな笑みに彩られる。

「わかった、ローザ……」

セシルはゆっくりと頷き、目を伏せる。

生きて帰れる確証なんて、どこにもないけれど、
でも、僕も願い、求め、信じよう――未来を。
そして、君が信じた未来を掴み取ってみせる。

そのために僕は守ってみせる。
僕にとって大切な全てを――君も――君との未来も――

「僕が、必ず――守ってみせるっ!」

涼しげな微笑みを浮かべ、セシルはそう誓った。
そして、両手を広げた。

「ああ、セシル……っ」

感極まったローザは、広い胸板に額をぶつけるように顔を埋めた。
その肩に手を添え、
背中にゆっくりと腕を回し、抱き竦めた。
それは、互いの温もりを確かめ合うように……。

初々しい恋人達の抱擁。

そんな二人を取り巻き、微笑ましく見守る二人――
カインはニヤニヤ笑っているエッジと目配せしあって、
(やれやれ)と苦笑を交わした。

「ま、これで大団円ってところだな」

と目の前の光景を評したエッジ――ニヤリとほくそ笑んだ。
如何にも満足げに何度も頷くと、

「そうそう、これで賭けはオレの――」

――と。

その勝利宣言は絶妙なタイミングで遮られた。

「うまくいったみたいね~」

――場違いなほど、無邪気な口調によって。

エッジの笑顔は、だらしなく口を開いたまま固まる。
鳶に油揚げをかっさらわれたように、呆気に取られたというか、
意表を突かれて腰が砕けたというか……間抜けな顔。
しかもカチンコチンだ。

声が発されたのはローザの後方、タラップへ続く転移パネルの方。

聞き覚えがありまくる声だった。
――というか、聞き間違えるはずのない声だ。
そもそも、ローザが来ているのに彼女が大人しくしていると思う方が
間違っていたのかも知れないが……。

転移パネルの脇にある梯子――確か、機関室に繋がる梯子だ――
そこからヒョコッと癖の付いた翠髪が覗いた。
と、じゃーんとばかりに飛び出して、
呆気に取られる全員(ローザを除く)に満面の笑みを向けた。
そして「作戦成功~☆」ときたもんだ。

それを見聞きしたセシル――脱力。 ――無論、リディアだ。

「お、おめー!」

間髪入れず指差し、裏返った声で叫ぶエッジ。
文字通り開いた口の塞がらない。
そんなエッジを見たリディアは、ふふんと鼻で笑った。

「えへへっ。
 もしかしてローザが来てるのに、あたしが付いてこないとでも思ったのぉ?
 甘いわねぇ。修行が足らないわよ、エッジ♪」

「な、な、ななな……」

引きつった顔でのけぞるエッジの傍――

カインは(やっぱりな)と苦笑いを噛み殺し、
セシルは額を抑えて「頭が痛い」と零す。
ローザは、抑えた口元から零れた笑みをセシルの胸にぶつけた。

ようやく言語中枢が回復したエッジは、
リディアをビッと指差して怒鳴った。

「お子さまが来るところじゃねぇぞ、ココは!
 とっとと帰れっ!!」

「ふんっ、ホント失礼しちゃうわね」

リディアは呆れたような半眼で息を吐く。

しかし、反応はそこまででエッジの怒声など何処吹く風――
平然と聞き流して皆の前までやって来た。
そして、セシルに向かって、

「あたしも付いていくわよ。
 ……勿論いいでしょ? セシル」

と、もはや決まったことのような宣言。
流石にセシルも苦い顔を作って、エッジに同調した。

「付いていくって……冗談じゃないぞ、リディア」

「何よ、セシルまで」

それこそ冗談を言われたように切り替えされ、
セシルは嘆息を洩らした。

「あのな、リディア……
 もし、仲間はずれになりたくないとか――
 不公平だからとか――
 そんな中途半端な気持ちなら、迷惑にしかならないんだ。
 悪いがわかってくれ、リディア……」

頼むから、僕を困らせないでくれ――
そんな諭すような視線を、神妙な面もちで受け止めるリディア。

表情を動かさず問いかけてくる。

「ねぇ、セシル……それ、本気で言ってるの?」

淡々とした問いに少し訝りながらもセシルは頷く。
すると、リディアは小さく嘆息して、
おもむろに息を吸い込み、開口一番言い放った。

「――見損なわないでっ!!」

キッパリとした口調で突きつける。
そして、一人一人を説得するように視線を合わせた。

「あたしがそんな事のためにココに居るの思ってるの?
 わざわざ苦労して忍び込んで、
 狭っくるしい機関室に身を潜めて、
 もどかしい二人の口論に口出ししたいのを我慢して、
 終いにそんなくだらない理由で置いてきぼりを喰らうために
 セシル達の前に立っているとでも思ってるの!?」

セシルは鳩が豆鉄砲をくらったように
まん丸にした目をリディアへ向けたまま――絶句。

「……違うわよ。
 あたしだって、あたしの願いを叶えるためにココにいるっ!」

憤慨の表情で皆の顔を見回すと捲し立ててスッキリしたのか、
リディアは急に大人びた表情を浮かべた。

「あたしはね、この戦いで多くのモノを失ったわ。
 ……でも、それに劣らないぐらい沢山のモノを手に入れた。
 セシルもローザもエッジもカインも、みんな――あたしの大切な……。
 あたしは、もう何一つ失いたくないの!
 だから、大切なモノを奪おうとするゼムスをこの手で倒したい……」

固めた拳に一瞬目を落とし、もう一度全員の顔を見た。

「……そう思っちゃ……いけないのかな?」

「リディア……」

「それにね、いつか言ったじゃない。
 ――これは『みんなの戦い』だって。
 だから、あたしは守られに来たんじゃない……戦いに来たの!」

それだけ言うと大人しく裁定を待つリディア――

その顔を見留めると、セシルは困った顔でエッジに目配せした。
エッジはそこに不穏なものを見つけて、

「お、おい、セシルの旦那。
 まさか嬢ちゃんを連れて行く気じゃないだろうな?」

「でも、エッジ……。
 おまえはあの顔を見て、どう諭す気なんだ?」

ポンとエッジの肩を叩いたのは、横に立っていたカインだ。
エッジは苦笑するカインの顔を一瞥して、視線をリディアに泳がせた。

「どうって……」

「な~によ、その目は。
 まだ、あたしが足手まといだなんて言うの?
 言っとくけど幻獣達を扱えるのは、あたしだけなのよ?
 あんまりワケ分かんない事言ってると、幻獣神様を嗾けてやるからっ!」

電撃鞭を手にふんっと鼻を鳴らす。
束ねた鞭が左右に勢いよく引きしぼられ、ピシッと音を立てた。

――肩をピクリと戦かせるエッジ。

「それとも……ははぁ~ん」

それを見て目を細め、ニッコリ笑みを向けるリディア。
侮るというか、訝るというか……どこか意地悪な笑みだ。
当のエッジは、そんなリディアの意図が読めず、
居心地の悪さを感じて「何だよ」と視線を投げ返す。

「そっか、エッジは歳しょっから生きて還る自信がないんだね~
 うん、わかった。仕方ないなぁ~
 それじゃあたしが守ってあげるわよ」

「な、なななな――」

散々どもって、

「莫迦言ってんじゃねーよ。
 オレ様は、女に守られるほど落ちぶれちゃいねぇ。
 それにゼムスなんてザコ、
 お茶の子さいさいブッ倒して還るに決まってるだろうがっ!」

エッジは突拍子のないことを言うリディアに向かって言い放つ。
予想通りの反応だったようで、リディアはクスッと笑みを洩らした。
そして、エッジに一歩詰め寄って見上げた。

「うん、そうだね。
 あたしも知ってるよ――エッジは強いって。
 じゃあ、その強いエッジは、もっと強くはなれないのかな?
 あたしを……みんなを守るために強くはなれない?」

「……は?、な、なにを言って……」

アッサリとした前言撤回に意表を突かれ、
また別の意味で赤くした顔を明後日の方向に背けるエッジ。
リディアは小さく笑った。

「あたしはね……みんなのために強くなれる自分を知ってるよ。
 みんなを守るためなら、何倍にだって……強くなれる」

口ごもったエッジから視線を外し、
リディアは、皆の顔をゆっくりと見回す。

そこに在るのは、湖水の様に静謐を湛える――自信。
何よりも揺るぎない岩のような確信に満ちた――瞳。
そして、決意。

「そのチカラがある限り、あたしは負けない!
 だから、勝って――あたしがみんなを連れて還るのっ!!」

それは最早、決意を超えたところにある――確信。

確実な裏付けなど有り得ない未来を
確かなモノに出来ると信じる……そんな強き想いだった。

直向きな視線を受け止めて、セシルの心は決まった。
そして仲間達の意見を確かめるように視線を巡らせる。

カインは、目だけで応えた。
ローザは、それでいいのよ、と頷く。
最後にはエッジも、斜に構えた不服顔を微かに縦に振った。

セシルは、もう一度リディアの顔を見つめた。
そこに在る、どこかあどけない……でも、強い意志を宿した顔を。
紛れもない――『戦士の顔』を。

「わかった」

セシルは頷いた。
そして、輝く笑顔に向かって手を差し伸べた。

「往こう――僕らの戦いに」


     ☆


幾筋もの願いや望みが交錯し、収斂し……
今、ここに目的に向かう一つの道行きを指し示していた。

これこそが、選び取るべき正しき道――

セシルは、これまでにない充実感と手応えを感じて、
高揚する自分を噛みしめていた。
――今度こそ、何の憂いも迷いもない。

「さあ、出発しようっ!」

鬨の声を上げる、セシル。
そして、先頭に立って駆け出そうとする――が、

「待てよ、セシル」

それをカインが制した。
待つ?――セシルは訝しげに振り返った。

そこには苦笑じみた呆れ顔……よく見ればエッジもだ。
そして、リディアとローザは何故か申し訳なさそうな複雑な笑みを。
ワケが分からない、とセシルは首を捻った。
カインは小さく溜息を吐くと、言いにくそうに切り出す。

「盛り上がったところ、非常に申し訳ないんだがな……」

遠回しな物言いにセシルは独り、頭上に『はてな』を浮かべた。
と、エッジが横から口を出した。

「せっかちっつーか、朴念仁つーか……わかんないかねぇ」

これ見よがしな嘆息。
そして――最低限の装備しかしていない――女性陣を指差す。

「そこの二人に準備の時間ぐらいやろうってことさ」

エッジはズバッと言ってのけた――
あんぐりと口を開け絶句したセシルに向かって、
ニシシッと意地悪な笑みで。

次の瞬間、セシルの顔を見たリディアとローザは、
互いの顔を見合わせると、示し合わせたように肩をすくめてみせた。



最終話 『二つの月が重なる刻』 -狭間に生まれる何かのカタチ-
第3話 『真昼の月を見上げて』 -旅立ちは別れと共に-に戻ります
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