時の流れに囚われたもの


 時の流れは一方向じゃないですか。
 過去を省みることはあっても実際に戻ることはできません。
 そして、今この瞬間が次には過去となります。
 そこに残るのは事実
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 体と心の違い。

 え……?

 体も不可逆だと思いますか?

 老いることはあっても若返ることはない。
 時の流れとも関連している----
 確かに体も不可逆だと思います。

 そう、不可逆です。
 でもこう言うと、あなたは矛盾を感じるのではないでしょうか。

 二律背反の話ですね。

 「心」というものは物質として捉えることはできません。
 だから時の流れに囚われていない。

 逆に言えば、物質は時の流れに囚われているからこそ不可逆。
 では、体に働くホメオスタシスとトランジスタシスは
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 例えば恒温動物は体温を一定に保とうとしています。
 しかし、そうしないと物理的に生きることができません。
 体に働くホメオスタシスとは、「物理的に生きるため」の力。

 大局的に見れば時の流れに囚われている。
 だから不可逆。

 「心」は時の流れとは別次元です。
 過去現在未来、時間を自由に行き来できます。
 過去に対して「省みる」ことをし、未来に対しては「希望」を託す。

 自由が故の弊害----二律背反。

 生き物が先天的に持っている「本能」もこの場合「心」と見なせます。
 というのもやはり「本能」は物質ではないから。
 そして肥大化してしまった人の心は
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 二律背反を特に意識してしまうようになってしまった。

 人になるということは二律背反を意識するということになる……。

 それは「二律背反」という言葉で表現しません。
 「不安」「葛藤」「悩み」などがこれに相当します。

 ホイミスライムだった頃よりも強く----遙かに強く。

 そうです。

 暫くの間、沈黙が続いた。言葉で会話をしているわけではないから「沈黙」という表現は間違っているかもしれないが。

 ホイミン----それでも尚、人へと成りたいですか?

 はい。

 迷うことはなかった。人に成ることに於ける変化について、少しではあるが深い所までルビス様と話をすることが出来た。そして、それでもやはり人へと成ることに対する願望は消失しなかった。このままホイミスライムとして生きていくことに自信が持てなかった事も理由の一部ではあるが。そして、自分の心が既に「人」に近いということを感じていたからでもあるだろう。

 わかりました。
 あなたの体を人へと変えましょう。
 ただ、一度人になってしまったら二度と元には戻れません。
 それでもいいですね?

 はい。

 わたしの心はもうすぐあなたの心から消えます。
 そしてあなたはこれから意識が一旦遠退きます。
 次に気がついたときには、あなたが眠りに落ちたあの洞窟です
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