ドラクエV虚実録冒険の書 ~~もう一つのドラクエV~~ 名作”ドラゴンクエストV”において、画面のむこうを駆け抜けていった主人公。 彼は何を見、何を感じていたのか?越えることのできない”プレイヤーキャラ” という壁をあえて取り払って、あのゲームを再構成してみる。 注 ・これは、あくまで日記形式の小説です。 ・この中に出てくる記述はゲームを知らないと想像できない場合があります。 ・この中に出てくる設定は、主にゲームに基づいていますが、ときに公式のもの から 逸脱している場合があります。 ・この中に出てくる内容は、著者の思想好みその他とはまったく関係ありません。 ・この中に出てくる内容を押し付けるつもりはありません。ぜひともご自分のご 感想を下さいな。 ・日付は最後まで適当です。*月*日とどちらがいいですかね。 ・テキストで読みにくければ、HTML文書でどうぞ。(ろくな整形じゃなくて ごめんなさい) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 不明 今日が何日なのか分からない。とりあえず第一日としておく。 今日、ふとした事から紙を手に入れた。ここにくるときにあの日記を取り上げら れて以来、ものごとを記録するというのはずっと記憶に頼っていたが、これでど うにか楽になるかもしれない。 これから先、何年こういう生活が続くのかは分からないが、頭がおかしくなる前 にこの備忘録を残しておこうと思う。 まともに字を書くのは初めてのように思う。入ったばかりの頃優しくしてくれた 仲間に読み書きは教えてもらったものの、それを使う機会が無かった。おかげで 書くのにずいぶん時間がかかる。 こうやって物を書いていると、あの日記を思い出す。確か長旅からサンタローズ に戻る途中、ビスタの港に着く前の晩だったか、父さんが真新しい本をくれた。 教会で冒険の書を書いてもらえば、という僕に、心を残す事の大切さを語ってく れたものだったが、読み書きの授業すら最後まで終わらないうちに、父さんは死 んでしまった。 こまめに書くようにしなさいといっていたが、あれから十何年も過ぎてしまった ろうか。三日坊主どころではなかったわけだ。 ここの生活を書いてもどうせしばらくはまったく代わり映えもしないだろう。暇 を見つけては、ここに入る前の生活で思い出した事を、書き残しておく事にする。 さあ書こうと思ったが、早くも就寝時間だ。疲れてもいるし、寝る。 第二日目 ヘンリーが、紙があるのなら尻を拭くのにでも使えなんて冗談をいう。が、結局 彼も書く事にしたようだ。むかし脱出計画を書いた紙が見つかってから、物を書 く事さえ禁じられていたが、このごろは少し緩やかになったようだ。さすがにき びしすぎるとかんじたのだろうか。 あるいは。 工事の完成が近づいているようだ。それにともなって奴隷は皆殺しにされるとい う噂がある。少なくとも解放されるという言い草は誰も信じていないが、こうや って物を書く事ができるというのは、遺言状ぐらいは許してもらえるという事な のだろうか? 昔の事をだいぶ思い出してきた。 日記をもらった次の日にビスタの港に着いた。船長や船員が甲板からいっせいに 敬礼してくれたのを覚えている。たった2人のためにあそこまでしてくれたのが すごく印象に残った。 その後父さんは何やら港の人と話し込んでいて、まだ幼かった(確か6歳だった) 僕はふらふらと外に遊びに出た。すると、魔物に出くわしてしまった。今思うと よく泣かなかったと思うが、そのせいで父さんが気づくのが遅れた。怪我はほと んどしていなかったが、魔物に囲まれ、心底恐怖した。 父さんが飛び込んできてあっという間に魔物を蹴散らし、僕にホイミをかけた後 こう言った。「魔物はやっつけたぞ。もう泣いても大丈夫だ」 日頃、泣いてるひまがあったら戦え、という父さんがこんなことを言うのだ。僕 は、恐かったからではなく、父さんの優しさに涙を一粒浮かべた。父さんは気づ かないふりをしていた。 サンタローズまでは半日がかりだった。村につくと、みんな一様に驚いた顔をし て、そのあと歓迎してくれるのだった。あれは本当に村を挙げてと言ってもいい くらいだった。教会の神官は少々羽目を外しそうだったし、確か武器屋の店主だ ったか、照れくさそうに、「あんたとは喧嘩ばかりしていたが、帰ってきてくれ て嬉しい」と言っていた。 みんなが懐かしい。いい人たちばかりだったと思う。 今書いていて気がついたが、この歓迎ぶりは何だろう? 当時は当たり前のように思っていたが、今こう書いていて、こんな人物はまずそ うはいないものだと言う事に改めて気がつく。「あんたの父さんは、ただ者では ない」と誰もが言うが、父さんの事を、実はあまりよく知らないのだ。 ちょっと考え込んでいる間に、就寝時間となった。 第三日目 今日は疲れてあまり書けない。 落盤がおこって見張りが1人死んだ。奴隷の手抜きのせいということになったら しい。 終業時間は伸びなかったけれども、ずいぶんと無茶をさせられた。 でも、僕らの班はまだましな方だ。となりの班は、疲れて口を開く力も無いらし い 昨日の続き。 サンタローズにはビアンカがいた。いつから仲良くなったのかは覚えていないが、 幼なじみだったらしい。といってもあのときも十分幼かったけれど。 なんか、彼女というとずいぶん他人行儀な感じがするなあ。まあいい。 彼女はお母さんにつれられて、薬草を採りに来たらしい。どうして覚えているか というと、 僕自身が薬師の人を探しに、洞窟に入ったからだ。無茶したものだ。 魔物と戦いつつ奥へ踏み入れると、薬師のおじさんがいた。というより寝ていた。 気楽なものだ。大きな石の下敷きになっていて、石をどけてあげると僕を残して 帰ってしまった。 おじさん、あの恨みは今でも残っていますぞ。 横を見ると、ヘンリーがもう寝ている。さすがに今日のはこたえたらしい。 僕も寝る事にしよう。きょうはここまで。 そう言えば、あの洞窟で父さんの舟を見かけた。 第四日目 今日の食事はすこしだけ良くなった。補充で新しく入った見張りの兵士が、一言 いってくれたらしい。とはいっても、あれではまだまだ元気一杯!というわけに もいかない。 ただ、あの見張りの人の勇気には感謝しようと思う。 つづき 薬を手に入れたビアンカたちを送って、アルパカまで出かけた。 その夜、ビアンカと一緒にどこか暗い、城のようなところにいったのを覚えてい るけれど、どこだったろう? ヘンリーがちょっかいを出すので中断した。もう書くのに飽きたらしい。ヘンリ ーのを読んでいるうちに眠くなったので寝る。 第五日目 昨日の続きを書く。 城の名前を思い出せない。確か、レヌール城だったか。 アルパカの悪ガキがネコ?をいじめていて、ビアンカが口を出したんだった。 で、ネコを助ける条件として、幽霊が出る城にいくという事になった。 夜になってビアンカと一緒に、城にいった。ビアンカはこわいこわいと言いなが らにこにこしているので、僕もそんなには恐くなかった。でも、つれさられて墓 の中に押し込められたり、生け贄にされそうになったときにはさすがに恐かった のだろう。今度は逆に、平気よ、といいながら真っ青になっていた。僕よりも2 歳年上だから、あの時は8歳。まだまだ子供だ。いったん家に帰ろうという事に なった。 次の日の夜、ビアンカが宿屋の寝室までやってきて、また行こうと言い出す。仕 方が無いので前日と同じく城へ向かう。 親玉らしいお化けのは2人で何とか倒せた。ビアンカがメラを使えたとは言って も、8歳と6歳に負けるとは、ずいぶんと情けない親玉だ。 親玉を倒すと、幽霊となった王様と王妃が現れてお礼を言った後、きれいな玉を くれた。 この世のものでないような不思議な輝き。あの日以来見ていないけれど、もう見 る事はないのだろうか? アルパカに戻ると、例の悪ガキはネコをいじめるのを止めて、僕たちのものにし てくれた。ビアンカはうちじゃ飼えないからといって、僕に預ける事にした。 気は強いけど優しい、いい子だった。でも、ネコにゲレゲレという名前を考え出 すセンスは、やっぱり変だと思うぞ。 第六日目 始めの方のを読み直してみたけれど、少し堅苦しいかもしれない。僕に字を教え てくれた大人が、こんな書き方をしていた。書く事は未来への希望をつなぐ事だ と言っていた。彼は三年前に脱走しそこなって処刑された。 僕のとなりで歯を食いしばってそれを見つめていた人がいた。僕と同時期に入っ てきた人だ。彼も今日、処刑された。丸三年がかりの計画だったようだ。 部屋がおおぜいの見張りたちによってあらためられる。 今日はよくものを考えられない。何をかいているのか分からない。眠る。 第七日目 アルパカにいる間、父さんは風邪をひいていたが、しばらくすると回復した。父 さんが風邪をひくというのはめったに無い。というより、初めて見たと思う。 病み上がりなのに動物を飼ってはまずいかなと思ったが、父さんは飼ってもいい と言ってくれた。二人と一匹で村へ戻る。 サンタローズは山に囲まれているため比較的涼しい。とはいえ、もう夏を迎えよ うとしていたと思う。十分暑いはずだったが、あの時は異常に涼しすぎた。 酒場で変な女の子を見掛けた。ベラとか言ったと思う。四季をつかさどる妖精の 村で異変が起きている、とかいって、僕をそこまで案内してくれたのだけれど、 それがびっくりしてしまった。僕の家の地下に向かうのだから。 地下からは不思議な階段が伸びていた。が、僕にしか見えないようだ。父さんが 僕の話声を聞いて降りてきたけれど、どうやらそれが見えないようだった。 父さんが一階に上がってから、僕らはその階段を上って妖精の村に向かった。 妖精の村というのはすばらしいところだった。妖精も、人間も、魔物もみんな仲 良く暮らしている。そんなところだった。ここは地上の四季をつかさどっている と、妖精の長のポワンさまが言っていた。でも、そのための道具、春風のフルー トというのが盗まれてしまったらしい。「ポワンさまも、みんな共存なんて甘い 考えしてるから、よそ者に盗まれるのよ」なんて言う人がいた。妖精も大変らし い。ポワンさまに頼まれて、ベラと一緒に取り戻しに出かけた。 盗賊はまだ子供だった。僕より少し大きいくらいだったと思う。 ちょっとした 誤解をあやしい魔物につけ込まれて、妖精たちを困らせてやろうとしたらしい。 彼の誤解を解いて、その魔物をやっつけると、フルートは取り戻せた。 本当の犯人はその子供でなくて、雪の女王だということを伝えたら、妖精たちの 怒りもすこしはやわらいだようだった。でも、その雪の女王と言う魔物について は誰も知らないようだった。知らない魔物が増えてきたようだ。悪い前触れでな ければいいが、というおじいさんの言葉を思い出す。 フルートのおかげで地上に遅れていた春が来た。真っ白な雪景色がいっせいに色 づく。 「困った事があったら、いつでもいらっしゃい」というポワンさまの言葉を胸に、 地下室に帰ってきた。 妖精の村から地下室へ戻ると、不思議な階段はゆっくり消えていった。 そして、階段の伸びていた天井のほうから、桃色の花びらが一枚、はらりと落ち てきた。 外に出るとそんなに時間がたっているようには見えなかった。 長いような、短い旅だった。 第八日目 ここにいると、人が死ぬ事に麻痺してくる。恐ろしい事だ。が、そう感じている あいだはまだまだ正常なようだ。 昨日の日記を覗いたのか、ヘンリーが大丈夫かなんて言ってきた。突然、妖精の 話なんて始めたからだろう。まあ、冗談顔で言っていたから、本気で心配してい るわけではないのだろうし、彼も妖精の伝説くらいは知っている。僕はそれが事 実だった事をこの目で確かめてきただけだ。ヘンリー、心配しないで。 そう、今日書くのはヘンリーとの出会いについてになる。そしてあの時が近づく。 妖精の村から地下室に戻ってすぐ、父さんがラインハット城に呼び出され、僕も ついていく事になった。山を下り、川を越え、このあたりでは一番大きい城に着 く。 王様と父さんは二人だけで話をしていた。僕は衛兵たちと下に降りていったけれ ど、なんだか奇妙な感じがした。衛兵たちはみすぼらしい格好をしていた父が王 と内密の話をするという事をいぶかっていたし、実際、なんだか僕らがいるのが 場違いな気がした。 城内を歩き回っているうちにいろいろ話を聞いた。いつのまにか第一王子の教育 係にされてしまったらしい。気になっていろいろ評判を聞いたけれども、 おっと、ヘンリーが覗いたりしたら大変だ。あまり書きすぎないようにしておこ う。 初めてヘンリーと会った時の事はよく覚えている。子分のしるしを取ってこいと いわれて、となりの部屋の宝箱を空け、部屋に戻るとヘンリーがいない。慌てて 父さんを呼んでくるとにやにやして椅子に座っている。父さんに「夢でも見てる のではないか」なんていわれた時はすごく恥ずかしかったぞ。 新しく入った女の子がうなされているので中断した。マリアという子だ。 入ったばかりでさんざんムチを打たれたようだ。腕にもあとがついている。 ぬれた布切れで冷やしてあげている。 第九日目 今日はさんざん叩かれた。相変わらず反抗的だとされている。ヘンリーは僕の事 を見上げた根性だと言っている。俺でさえ素直な性格になったのに、なんていっ ているが、きっとあれは違う。多分ヘンリーはずっと自分をいじめているのだろ う。父さんに対して罪悪感を持っているらしい。 マリアさんと話をした。もともとここの信者だったけれど、大事な皿を割ったと かで奴隷にされたという。でも、この不幸に負けない、けなげな人だ。尊敬して しまう。 そう言えば、兄がここの兵士をしているといっていた。きっとあの人に違いない。 以前、妹がここに入れられてしまったという話を聞いた。明日できればもう一度 会ってみたい。 昨日の続き ヘンリーが僕の目の前で何者かに誘拐されてしまった。父さんと僕ですぐに後を 追うが、そのうち僕と父さんははぐれてしまう。一人取り残された僕は途方に暮 れてしまった。よっぽど城に報告しようと思ったけれど、余計な騒ぎになるだけ だという父さんの言葉を信じていた。どちらが正しかったのかは分からない。た だ、あの時は悪い胸騒ぎがして、城へ戻る時間が惜しかった。城で見た地図の記 憶を頼りに、北東のあやしい遺跡へひたすら走った。 古代の遺跡の奥、父さんと魔物が戦っていた。薄暗い迷路の中、少しでも父さん のところへ近づこうと必死だった。曲がり角にくるたびに大きく息を吸い込んで、 それから飛び出した。僕のレベルからいって、よく行けたものだと思った。 僕が父さんのところにたどり着くと、父さんはちょうど魔物を3匹蹴散らしたと ころだった。それから振り向いて、少し驚いたようだった。 一瞬喜んで、それからすぐに厳しい目に戻った。「来てくれて、嬉しい」とか、 いったように思う。けれど、心からの喜びではなかったのはすぐに分かった。 合流して奥へと進むと、ヘンリーが閉じ込められていた。ヘンリーを見ると父さ んは思わず飛び出し、カギを力いっぱいひきちぎった。しかし、幼いヘンリーは 帰りたくないと言い出した。家族と王族の問題だからここではあまり触れない。 だが、その時父さんはヘンリーをひっぱたいた。僕でさえされた事ないようなビ ンタだった。 「お父上の気持ちを考えた事があるのか」と言っていた。僕は父さんのこんな顔 を見た事が無い、はじめてみる表情をしていた。 僕らは脱出する事にした。襲ってくる魔物を父さんが食い止めているあいだに、 僕らは出口へ向かってひた走った。 ついにあの時の事を書く。 出口には何者かが待ち伏せていた。薄笑いを浮かべた奴に僕らはあっという間に なぎ倒され、ぼんやりしながら父さんが駆けつけるのを見ていた。 次に覚えているのは父さんがゆっくり崩れ落ちていくところだ。僕の首には刃物 の感触があった。ずるいや!、と一言だけ思った。 父さんが這いずりながら僕の手をつかんでこう言った。「おまえの母のマーサは、 きっとどこかで、まだ生きている」その瞬間、父さんのからだが炎に包まれ、そ して消えた。 気がつくと右手にビアンカのリボンを握っていた。「ネコちゃんにつけてあげる ね」とビアンカは言っていたのに、なぜあの時手に持っていたのかは分からない。 そして左手にはまだ父さんの手の感触が残っていた。 「このキラーパンサー、どうします?」と言っているのが聞こえた。横で黄色い ものが蹴飛ばされるのを見た。そのあと、急に体が浮きあがる感覚があって、僕 は再び気絶した。 サンタローズを出るときに父さんは、「今度の仕事が終わったら、少し落ち着く つもりだ。おまえとも遊んでやれるぞ」なんて言っていた。 悲しい。 明日からは、もっと最近の事を書こうと思う。 おそらく第十五日目 今までいろいろあって書けなかったけれど、ようやく落ち着いた。どうにかあの 地獄から脱出して、今は海辺の修道院にいる。 最後に書いた次の日、第十日目の朝起きて仕事場へ向かうと、マリアさんが見張 りの足に石を落としたとかで鞭で打たれていた。しかしみんなそれを放心したよ うにぼんやり見つめている。あまりの事にヘンリーが我慢できなくなって、見張 りに飛び掛かり、僕もそれに加勢した。見張りは思ったより弱かったので簡単に 打ち倒したけれど、すぐに小隊がやってきて、小隊長の命令ですぐに取り押さえ られてしまった。僕らはそのまま牢に放り込まれたが、マリアさんは手当てを受 けにどこかへ連れて行かれた。そのとき、あれがマリアさんのお兄さんだと確信 した。 しばらくして、僕らの牢が開けられ、マリアさんとあの小隊長(ヨシュアと名乗 った)がやってきた。死体を流す水道から、僕らを樽に載せて送り出すと言う。 一緒に逃げようと誘ったけれども、ヨシュアさんはそんなに乗りきれないからと 言って断った。私はここに残って、もっと多くの人を逃がせる機会を待つ、と言 っていた。 本当にそんな機会がくるのか、それを信じているのかと聞くと、彼は無言で樽の ふたを閉じた。 ガコンと音がして、樽が流れはじめた。だから、僕ら水路を開けた時のヨシュア さんの最後の顔を見ていない。 樽の中で僕らはほとんどしゃべらなかった。 気がついたら、この修道院にいた。目が覚めるとベッドに寝ていて、修道女の人 が横に立っていた。話を聞くと3日間も眠りっぱなしだったらしい。 今日は薬草をあてたりして一日療養に過ごす。二人は僕より回復が早いようだ。 これからの事は明日考える。今日はもう眠る。 八月十六日 第十六日目 修道院の人といろいろ話をした。今までの日記には書けなかった数回の脱出計画 やいろんな思いをぶちまけると少しすっきりした。その後はもっぱら質問役に回 った。僕があの神殿に入ってから、ほぼ13年経っている。ということは僕は今19 歳だ。長かった、とあらためて思う。 今日は修道院の周りを歩いた。海が広がっていて、果ては見えない。ここをちっ ぽけな樽にのって流れてきたのが嘘のようだ。 北のほうには大きな町があるらしいけれど、こことはほとんど行き来がなく、ど んな町かはよく分からない。何しろここは辺境で、大陸のどの辺かがよく分から ない。 まずはその町に行って、サンタローズへ帰る手がかりを見つけよう。 やっと解放された僕にとって唯一の生きる希望は、母さんを捜す事しかない。 そのためにも、明日ここを出発しようと思う。 ヘンリーは、一緒に来てくれるという。マリアさんは、ヨシュアさんの事もある し、院長の強い勧めもあって、ここで修道女として暮らすつもりだ。 八月十七日 第十七日目 夜になってオラクルベリーについた。本当ににぎやかな町だ。ヘンリーは新しい 服を手に入れると早速カジノに行っている。 修道院では全員で僕らを見送ってくれた。ありがたい事だ。マリアさんは兄から 預かったといって1000Gもくれた。言葉も出なかった。半分は返そうと思ったが、 私にはいらない金だからと行って受け取ってくれなかった。道中モンスターが落 としたゴールドとあわせて、大事に使おうと思う。カジノに使ってる場合じゃな いよ。 ずっと北には大きな城があるらしい。話を聞いてみるがどうもラインハットのよ うだ。長いたびになりそうなので馬車が欲しい。 ヘンリーが帰ってきた。カジノで大きく当てたらしい。元手を何倍にもふやした ようだ。 「王たる者は、金を引き寄せる才能を持つものだ」なんて冗談をいって笑ってい たが、ふと今の境遇を思い出したのか、先に寝てしまった。 明日は装備を整える事にしよう。 八月十八日 装備は整えたが、馬車は夜にならないと買えなかったので、出発は明日に延期す る。ヘンリーは今日もカジノだ。そうそう運が続くとも思えないけれど。 占いおババがいたので占ってもらった。みごとに母を捜している事を当てたので ちょっと信用する。安心せい、まだ生きておる、といっていた。そうであって欲 しいと思う。 もう一つ、モンスターじいさんというのにあった。愛をもって戦えば、仲間にな ってくれる事もあるという。なんだかよく分からないが、おぼえておこう。 八月十九日 今日は野宿をしている。むこうのほうに海峡が見えるが、見覚えがあるような気 がする。 橋がかかっているが、これがオラクルベリーで聞いたものだろう。十年前にでき たとか。 二人とも少し無口になってきている。 このあたりの魔物はそう強くないからいいが、念のためたき火は絶やさないよう にしておく。僕は父さんとの経験があるが、ヘンリーは野宿は初めてだ。 まあ、馬車の中はあそこよりはましだし、暖もとれるので心配はないだろう。 早起きすれば、一日でラインハットにつけるかもしれない。ヘンリーを送り届け たら、サンタローズに帰ろう。 八月二十日 おもっても見なかったが、関所で止められてしまった。許可証が無いのと、あま りにみすぼらしいので、追い返されてしまった。ヘンリーはショックを受けてい るが、予想していたのかもしれない。思ったより落ち着いている。 サンタローズに行く途中で夜になった。今は小休止している。これから強行軍で 進むか、ここで夜を明かすか決める。 あたりは懐かしい風景だ。とはいえ、ここには6歳の頃のたった数日間の思い出 しかない。 父さんと旅に出る前は幼すぎてよく覚えてないからだ。 これからサンタローズへ向かう。 サンタローズは廃虚になっていた。あの事件の責任が父さんのせいという事にな って、ここが焼き討ちされたらしい。あのとき僕が城へ戻っていたら、、、と思 う。もうとり返しはつかないが、悲しい。 何人かはまだ残っていたけれど、再建の見込みはいまだに無い。アルパカに行っ た人もいるようだ。 以前洞窟で父さんの舟を見掛けたと書いたけれど、それと関連するのだろうか、 父さんの知り合いというおじいさんが、洞窟について話をしてくれた。明日行く。 教会も残っていて、冒険の書を記入してもらいに行ってきた。僕の記録がすべて あの中に封じられていると思うと複雑な気がする。 八月二十一日 ダンカンさんを頼ってアルパカに来たけれど、宿屋は別の人の手に渡っていた。 ビアンカたちはどこに行ったか分からない。とりあえず泊まる事にした。 午前に洞窟の中で父さんの手紙を見つけた。思ってもみない事が書かれていた。 母さんのこと、魔界のこと、伝説の勇者のこと、天空の剣のこと。 父さんはこんなことを抱えていたのかと思うと遥かな思いに誘われる。 アルパカでラインハットの話をいろいろ聞いた。デールが王位を継いだらしいが、 悪い噂しか聞かない。ヘンリーは何も言わないが、どう思っているのだろうか。 僕は行ってみようと思うが、ヘンリーはラインハットのことになると話題を変え ようとする。他に行くところもないし、明日の朝、思い切って話を切り出してみ ようと思う。 八月二十二日 昨日の夜、ヘンリーの方から話し掛けてきてくれた。一応ラインハット行きを決 心したようだ。 関所が夜で閉まっているので、今は野宿をしている。食事の用意をしていると気 が紛れるようだ。冗談も出たりして、よくやっている。 八月二十三日 今日はいろいろあった。今はあの修道院を目指して進む途中で、野宿をしている。 関所はみごと通りぬけた。ヘンリーが番人に一発ぽかりと叩いて、身分を明かし たのだ。 なかなか劇的な瞬間だった。おかげでラインハットまでは何事もなく行けた。 ラインハットはひどいありさまだった。明らかに政治が悪い。質の悪い、魔物の 傭兵が町をうろうろしているし、乞食も増えている。税金を払えないものはすぐ 処刑するし、他国へ侵略も始めているようだ。 最初のうち、ヘンリーは「デールは何をやっているんだ」なんて言っていたが、 政治の実権が太后君にあるということを聞くと、かえって冷静となった。 「あの女自身は政治なんかちっとも分からないのに、なぜだろう?」と首をひね っている。 そのうちヘンリーが地下道のことを思い出し、そこで地下牢を見つけて疑問は解 けたようだ。太后の本物らしい女の人が閉じ込められていた。ヘンリーは「哀れ な女だ」と言って素通りしようとしたけれど、あの言葉はショックを受けたに違 いない。 「確かに10年前第一王子を亡き者にしようとしたのはわらわじゃが、今は改心し たのじゃ」 太后は目の前にいるのがヘンリーだとは気がつかなかったようだ。 デールに身分を明かして地下牢のことを話すと、デールは真実をうつす鏡への手 がかりをくれた。一種のクーデターになるからには明らかな証拠が必要というこ とだろう。僕とヘンリーは伝説の鏡を探しに、名も知らぬ塔へついた。 塔は鍵かかかっていて開かなかったが、修道院に手がかりがあると知った。付近 の小高い丘からあたりを見渡すと、北西の方に見覚えのある地形が見える。まさ に、あの修道院だ。 というわけで、今、そこへ向かう途中だ。ただ、思ったよりも遠い。着くのは明 日になるかもしれない。 「マリアさん、いるんだよなあ」とヘンリーがつぶやく。手の早いことだと僕が つっこむと、何言ってんだ、馬鹿と返された。 冗談が通じるようなので安心したが、あの国のこと、あの家族のこと、どう思っ ているのだろうか? 八月二十四日 思ったより早く修道院に着いた。たった十日弱しか経っていないのに、すごく久 しぶりな気がする。 あの塔は神の塔というらしい。門を開けるためにマリアさんがついてきてくれる こととなった。 彼女の仕度のためと、晩餐のために今夜はここに泊まる。 ヘンリーと向かって話す機会があったので心境を聞いてみたが、意外にしっかり している。 太后君のこともそんなに気にしていないようだ。虚勢でなく、本当に成長したよ うに感じられる。 マリアさんがいるので明日はキャンプを張らずに済むようにしたい。道順の再設 定は十分話し合ったつもりだけど、丘、砂漠、森と続くので馬車を飛ばすのには 不適当だ。 帰りは旅の扉からラインハットに戻ることで納得してくれているので、神の塔で の用事をいかに早く済ませられるかにかかっている。 八月二十五日 無事ラーの鏡を手に入れたが、夜になったので旅の扉が封鎖されている。やむを 得ずキャンプを張ることにした。 神の塔は美しかった。中庭には花が咲き乱れ、均整の取れた造りの建物だったが、 残念なことに魔物が住み着いていた。予想していなかったので戦闘に時間を取ら れ、しかもマリアさんを守ろうとしてヘンリーが傷を負った。傷そのものはすぐ 呪文で回復させたけれども、痛恨の一撃の恐怖が残っているらしい。顔が青い。 今日は大事をとって見張りを全部引き受けようかといったが、プライドなのか、 さすがにそれは断った。 八月二十六日 案の定、太后は偽者だったが、実体が魔物だったとは予想していなかった。その まま戦闘になって、部屋の中で刃物を振り回すわ呪文が飛び交うわ、王室の関係 者は右往左往してもう大変な事態になってしまった。それからも、デール王が傭 兵を掌握していなかったり、市民のあいだに不穏な動きがあったりと、大変な一 日だった。 僕はともかく、ヘンリーはデール王や大臣に引っ張りまわされて本当に大変だっ たろう。 まあ、何とか一日でおさまったからいいようなものだ。とにかく、今日は疲れた。 八月二十七日 ビスタの港に向かう途中で野宿をしている。オラクルベリーのモンスターじいさ んの言ったことは本当だった。今、僕のとなりにスライムナイトがいる。仲間に なったのだ。 ラインハットを出てすぐに魔物の集団に出くわして、軽く退けるつもりで戦って いると、仲間になってくれた。ピエールとか言うらしい。普通の魔物でもしゃべ れる者がいるというのは改めて驚いた。 ラインハットの件は一段落したし、ヘンリーも城に落ち着くつもりらしい。てっ きり王に取って代わるのかと思っていたが、その気もなく、面倒ごとは弟に任せ て気楽に過ごすつもりのようだ。 ビスタの港から西の国への航路が再開したとかで、行ってみることにした。出港 許可が降りていなかったのを、ヘンリーの権限で僕の到着にあわせて出してくれ ることになった。 この国は一通り見てまわったけれど、世界は広い。伝説の勇者の手がかりという のも、他の国にあるかもしれない。母さんを見つけるためにも何としても捜し出 そうと思う。 ビアンカはどうしているだろうか?この国を離れるのに、それだけちょっと心残 りだ。あってみたかった。 八月二十八日 無事船に乗った。二等船室だが、魔物お断りといわれたのを無理に入れてもらっ た。ピエールが船に乗るのは初めてで、恐がっていたけれどどうにか落ち着いた。 船長が、「スライムナイトだからいいけれど、イエティとかビッグアイだったら 暴れて船がひっくり返っていたかもな」なんて言う。ご迷惑かけます。 これから行くポートセルミは、かつては有数の港町だったらしい。今でも船乗り たちが集まる、情報の中心地だとか。そこに行けばなにか手がかりがつかめるか もしれない。 これからおよそ二週間の旅。楽しみだ。 九月三日 のんびり他の乗客たちとゲームをして過ごしている。一度ピエールも参加させよ うとしたけれど、さすがにルールが覚えきれなかった。いつかもう一度挑戦して みたい。 順調な航海だと船乗りも退屈になるらしい。いろいろ話をしてくれる。 九月九日 船では必需品の塩が切れてしまったようだ。船長が怒る声が聞こえる。船員か港 側のミスだ。でも順調に行けばあと二日。多分大丈夫だろう。それより、船長の 怒った顔が意外に恐かった。 こんなに何事も無い平和な日々が続くのは、考えたらはじめてじゃないだろうか。 本当に幸せだと感じる。父さんとの最後の船旅を思い返すまでは。 九月十一日 ポートセルミについた。昼ごろついたので宿はすぐ決まり、情報集めに歩いて回 ったけれども、あまり収穫はない。 一度行った街や村に簡単に行ける呪文があるらしいこと。 東南の方向にあやしいやまがそびえていること。 ここからさらに西に町があること。 くらいか。 情報集めの最中、酒場で変な奴等にからまれて追い払ったら、そのまま成り行き で何やらものを頼まれてしまった。南のカボチ村とか言うところだ。話を聞くと どうやらとんでもない田舎らしい。前金で1500Gも渡されてしまったからには、 行くしかないだろう。 酒場でのごたごたでマスターに気に入られてしまった。これから訪ねていくこと になってる。ダンスもあるとかで、なんだか楽しみだ。 九月十二日 カボチに行く途中。野宿。ピエールはよくやってくれている。馬の番もできるよ うになった。 今日は一日中頭が痛い。足が進まず、ちょっとした丘でも、越えるのに苦労する。 ピエールには悪いけれど、先に寝る。 九月十三日 戦闘で馬車の車軸が折れ、馬も怪我した。馬はすぐに回復させて落ち着かせたけ れど、馬車の故障は痛い。何とか新しく削り出して、カボチにたどり着いたのが 夜になってしまった。 村に入ると、怪しい影が入れ違いに飛び出していった。作物を荒らしていたよう だ。あれをやっつければいいらしい。 とりあえず今日は宿に泊まる。 九月十四日 午前中をカボチでの会議と馬車の本格修理に取られてしまった。馬車の調子は良 くなったが、会議での「あんたみたいなよそ者」という言葉には腹が立った。 みんながみんなそうではないにしても、その視線を感じることがある。 けれど、子供のために食事を我慢している親もいるらしい。作物の被害は深刻な ようだ。 ここは我慢することにしよう。 海岸沿いの平地を半日飛ばしてくると、洞窟が見える。会議での話からして、こ こが本拠地に違いない。今は夕刻で小休止中。思い切って突入するかどうしよう か考えあぐねている。ピエールは行こうと言っている。 今洞窟から帰ってきた。中は思ったより広い。迷って体力が尽きる前に出てきた。 二階までの簡単な地図を書いたので、明日はさらに奥へ進む。 九月十五日 今は昼飯時。洞窟から出てきて休んでいる。驚いたことに、カボチを荒らす魔物 というのは、チロルだった! 戦おうと身構えたけれども、なんとなく見覚えがあるような気がして、思わず昔 飾りにつけていたビアンカのリボンを取り出すと、大きなキラーパンサーが甘え てじゃれついてきたのだ。 チロルは父さんの剣を守ってここに住み着いていたらしい。ラインハットからど うやってここまで来たのかは分からないけれど、何しろ十数年だ。よく無事だっ たと思う。 父さんの形見の剣を手に入れた。見覚えのある紋章、がっしりしたかたち。なつ かしい。 これからカボチへ戻る。 チロルをつれて行ったのは失敗だった。みんな僕のことを、化け物とグルだった と思っている。もっとつらいのは、怒りをあらわにされることじゃなくて、「金 は約束どおり払ってやるからでてってくれ」といわれたことだった。 ただ、何人か僕のことを信じてくれる人がいるのが救いだ。 明日の朝早くここを発とうと思う。 九月十六日 ポートセルミに戻る。 久しぶりにヘンリーの話を聞いた。王の補佐役について最初にしたことは、”ニ セ太后討伐の重要な功労者”マリア閣下を丁重に修道院に送り届けることだった らしい。よくやるよ。 2、3日ここですごしてみる。 九月十七日 伝説の勇者にあったことがあるというじいさまにあったので、一杯おごってあげ たけれど、何と昔の父さんの話だった。父さんは勇者を捜して旅に出たというの に、その当のものが本人だったなんて冗談にもほどがある。 ただ、ふと、10年も経ったら僕もこんな風に語ってもらえるだろうか、と思った。 よく魔物をつれて歩いているので、いつのまにかモンスター使いということにさ れてしまった。さすらいのたびびとのほうが格好いいと思うけれどもなあ。 九月十八日 明日からはしばらく船も着かないようだ。今までも特に収穫はないし、埒があか ないので、 西の方にある町に行ってみようと思う。旅の呪文の話も、どうもそこに関係して いるらしい。今日は旅の準備をした。 ピエールとチロルの装備を整えてあげると喜んでいた。 ところで、ピエールとチロルの意思疎通はどうやっているのだろう?仲良くやっ ているのだろうか?ピエールはまあ無口だけれども一応買い物できるくらいは話 せる。チロルはうなって感情を示すだけでしゃべれない。妖精の村にはしゃべる スライムがいたし、でも戦闘中はなしかけてくる魔物なんて見たこと無い。 考えてもしょうがない。もう寝よう。 九月十九日 今日はキャンプを張っている。 こんなに大きな森を通ったことは、今まで無かった。森をぬけると林、また森で、 ルートを間違えたかな、と反省。方角は間違えようが無い。西の方に高く煙が立 ち昇っていて、ポートセルミの望遠鏡で見た通りだ。 刃のブーメランをなくしてしまった。あと、戦利品がだいぶ増えてきたのでそろ そろ整理しなくてはいけない。 食料など十分に用意しておいて良かったと思う。まだ狩りをする覚悟ができない。 木の実などはだいぶ見分けがつくようになってきた。事典があればいいのだけれ ど。 九月二十日 だいぶ近づいた。ルラフェンという立て札の近くでキャンプをしている。もう近 くなのだろうが、暗くなったので慎重になる。 九月二十一日 今日もキャンプだ。ルラフェンには午前中についたが、魔法の呪文を研究してい るベネットじいさんを捜し出すのにまず一苦労。そのあと強引に頼まれてルラム ーン草というのを取りに行く羽目になってしまった。やれやれ。 その場所の説明で、地図を見た。もうこの大陸の半ば以上を過ぎたらしい。なん て小さい世界だ、と、地図を見て思う。そして、なんて広い世界だ、と、振り返 ってみて思う。 この日記を書きはじめてまだ二ヶ月経っていないことに気がつく。が、本当にい ろんな経験をした。 そういえば、ヘンリーが結婚したという話を聞いた。おめでとう。 九月二十二日 大きな湖を越えたところで夜になった。後はここから南へ行けばいい。 ここの標高は高く、ずっとむこうに海を見下ろす事ができる。 もう大陸横断だ。思ったより早かった。 九月二十三日 ルラムーン草をみつけて、その場でキャンプをしている。本当にベネットじいさ んの言った通り、夜になると光っていた。こんな物もあるんだなあ。 キメラの翼を用意するのを忘れていた。頑張って帰らなくては。 九月二十四日 湖を越えた。信じられないほど大きな滝を見ている。きれいだ。 九月二十六日 昨夜ルラフェンに着いて、それから酒場で一晩明かしてしまったらしい。ルラム ーン草を手に入れたというと、「おうー青年、飲め飲め」なんてすすめられてし まった。 これを書いているのは朝。そう気分は悪くない。宿屋に戻ってからベネットさん のところへ行く。 今日はオラクルベリーで休む。 ベネットさんの実験は成功だった。早速ラインハットまで戻ることができた。移 動する感じは、ちょうどキメラの翼と似ているけれど、行き先をじぶんで選べる というのが便利だ。 これが古代の呪文だというのもすごいと思う。ベネットさんは早速次の呪文の研 究に取り掛かっている。これは期待できるかもしれない。 ラインハットではいい情報を手に入れた。デール王によれば、サラボナという町 に勇者の盾があるらしい。これは有力な手がかりだ。 また、大臣が旅人の地図の情報をくれたので、さっき買ってきた。なかなか使え そうだ。 ヘンリーに会った。マリアさんと出会ってほんのわずかのスピード結婚だ。すっ かり新婚気分でしあわせそうだった。それはいいけれど、僕にまで結婚を勧めよ うとしてくるのには閉口した。確かに、正直うらやましい気はする。ただ、 今日はここまで。 九月二十七日 ルラフェンから真っ直ぐ南に向かっている。地図と比べているけど、あと何日も かかりそうだ。 九月三十日 ぽつんと建っているほこらに入ると、宿屋と教会があった。先客といろいろ話を する。 目的地のサラボナに、なんだかすばらしい女性がいるらしい。宿屋中その話で持 ちきりだ。 一応、眉につばをつけておくことにしよう。 キャンプつづきで少し疲れている。早く寝よう。 十月一日 洞窟を出たところで夕方になった。チロルが狩りをしたがっているので、早めに キャンプすることにした。 ピエールもだいぶ成長した。以前は、夜中見張っているときに魔物に襲撃された ら僕をすぐ起こすように言っていたが、最近は僕を起こす前にさっさと追い払っ てしまうこともある。 十月二日 ややこしいことになってしまった。 伝説の盾を手に入れるためには、ルドマンさんの娘のフローラと結婚しなくては ならないとか。で、結婚のためにはこれまたややこしい条件を出された。炎の指 輪と水の指輪を見つけてこなくてはならない。 フローラさんというのはこのまえのほこらでうわさになっていた女性だ。確かに 美しく、心のきれいそうな人だ。けれど、いきなりさあ結婚しろと言われても、 戸惑ってしまう。 まあそれも悪くないと思うけれど。むこうはどう思っているのかな?そんなに悪 い印象でもないようだし、、、 おっと、妄想が広がってしまう。そういうのは条件を満たしてから言うことだな、 と。 炎の指輪は近くの火山にあるらしい。今日は情報集めをした。 十月三日 火山は近くだけれども、高い山に囲まれて遠回りしなくてはならない。意外と時 間がかかりそうだ。 十月四日 山道に入りはじめた。これから北に進めば火山に着く。 十月五日 いよいよ死の火山のダンジョンだ。一日でどうにかまわれる大きさらしいが、そ れはだいぶ昔のことで、溶岩のせいで広がっているという話もある。 心配してもはじまらない。とにかく内部を調べてみようと思う。 十月六日 ダンジョン内で回復所を見つけて、そこで休んでいる。ここまでよく来れたと思 う。ちょっと魔物の数が多すぎる。みんなストレスが溜まって押し黙ったままだ。 競争相手のアンディにであった。他の連中はしり込みしていたのに、根性がある。 その上、性格もいい人だ。好感を持った。 十月七日 炎の指輪を手に入れてサラボナに戻ると、アンディがやけどをして戻ってきたと いう話を聞いた。慌ててお見舞いに行くと、フローラさんが看病に来ていた。責 任を感じているらしい。少し嫉妬を感じる自分に気がついた。 ルドマンさんに指輪を見せると、次は水の指輪を期待しているぞといわれた。船 を貸してくれることになっている。準備はしてあるそうなので、さっそく明日か ら出港するつもりだ。今日のところはゆっくり休むことにしよう。 十月八日 船で水路を北上する。このあたりは地形が複雑で、そんなにスピードを出せない が、陸を行くよりはだいぶ早い。船員に聞くと、明日の昼前には水門に着くらし い。ただ、水門は山奥の村が管理していて、その交渉はお願いしますとのこと。 十月十日 昨日は思いがけないことだらけだった。ダンカンさんとビアンカがいた!あんま り偶然のことなので、はじめは声も出なかったけれど、すぐに懐かしさでいっぱ いになって、一晩中話し込んでしまった。 ビアンカはすっかり大人びた雰囲気になって、美人に成長していた。けれど性格 はあまり変わっていない、昔のビアンカのままだった。 冒険が好きでお姉さんぶっていて、僕らの旅についてくると言い出した。 結局僕の方も折れて、それを受け入れることにしたが、相変わらずずいぶんと強 引だなあ。 船は水門をぬけて今ちょうど内海に入った。けれど水のリングの手がかりはつか めてない。 ルドマンさんの、「水に囲まれたところにあるのかも知れんな」というのが唯一 と言っていい。 十月十一日 海は広い! 十月十二日 このまま内海をまわってみても成果はなさそうなので話し合う。 船員の「北に川があるから、それをさかのぼってみたら」という意見に賛成し、 河口へ向かう。地図と比べてみたが、ルラフェン西の、あの大きな湖のあたりら しい。可能性があるかもしれない。ぼんやり海を見張らなくてもよくなって、少 しみんなの士気が回復した。 ビアンカは今日まで横にいるのがチロルだとは気がつかなかったようだ。リボン を見てびっくりしたような声を上げていた。 十月十三日 潮の時間を待って、ゆっくり川をさかのぼりはじめた。 このあたりの漁師から、滝の洞窟について聞く。これでまず間違いないだろう。 水の指輪はここにあるに違いない。 ビアンカにフローラさんについて訪ねられた。いい人だと答えると、じゃあ愛し ているのと聞かれる。実はほとんどあっていないし、よく知らないと白状すると、 ビアンカはふいと船室を出ていってしまった。そんなにまずいことを言ったかし ら? 十月十四日 今日は早く目が覚めた。今ちょうど朝日が出た頃だ。 船はもう滝についていた。薄暗い中水煙を上げていた滝が、次第に朝日に照らさ れて金色に染まっていくのは壮観だった。 洞窟への入り方はもう分かっていた。一個所流れの薄いところがあって、そこか ら小舟で一気に通り抜けると滝の洞窟へ入れるという。不安はあるけれどやるし かない。 みんなが起きてきた。もう朝食だ。 十月十五日 水のリングを手に入れた。船に戻ってきて休んでいる。明日の朝ルーラで戻るこ とにする。 一日で戻れるということにみんな驚いていた。ベネットさまさまだ。 もうすぐ天空の盾が手に入る。しかし、フローラさんのことはどうしようか。 アンディはどう見てもフローラさんにぞっこんだ。彼女もそう悪い気はしてない らしい。 でも、僕のことも同じように見てくれている。彼女の気持ちは分からない。 フローラさんのことにふれると、ビアンカが反応する。ビアンカは僕のことを好 きと思ってくれているのだろうか? ビアンカに再開したときは、確かに胸がどきりとした。幼なじみといっても、10 年以上もあっていなかったし。 自分の気持ちすら分からないなんて。 十月十六日 明日は選択しなくてはならない。 ルドマンさんはもう結婚式の準備をはじめていた。何ということを。 「フローラと結婚するか、それともその連れの女性を取るか、今夜一晩で決めろ」 なんて事をいう。天空の盾は関係ない。純粋に僕の気持ちで決めなくてはならな い。 眠る気になれない。 気持ちが決まった。 十月十七日 シルクのヴェールを取りに山奥の村まで来ている。潮にめぐまれて水門まで半日 でくることができた。ダンカンさんのところへ挨拶に行っている。 予定より早く帰れるので、結婚式まで一日余裕があるが、花嫁には会えないこと になっている。ルドマンさんの家でお世話してもらうことになった。 結婚式にはヘンリーとマリアさんも来てくれる。父さんもいてくれたら、と思う。 十月十九日 昨日は遅くまで宴が続き、昼まで寝てしまった。目が覚めると、となりでビアン カが僕のことを見つめていた。僕が起きたのに気がつくと、ビアンカが急にあら たまって、「ふつつかものですが、どうぞよろしく、なんちゃって」なんて言い だした。ああ、結婚したんだな、とぼんやり思った。 町で小さな船を出してもらって、あしたもう一度ダンカンさんのところへ行く。 そのあとはポートセルミだ。ルドマンさんが大きな船を無条件で貸してくれるこ とになった。 新婚旅行というほどたいそうなものでもない。魔物も出るだろうし、むしろ新婚 冒険?になるかもしれない。でも、ビアンカもそれは望むところらしい。 十月二十日 山奥の村に向かっている。 十月二十一日 もう暗くなってしまった。あと少しで村につく。みんなすっかり汚れてしまった。 村は温泉で有名だから、しばらくここで休んでいこう。ただ、魔物も受け入れて くれるだろうか? 十月二十六日 ポートセルミについた。チロルはどうもルーラがきらいらしい。呪文をとなえる たびに騒ぐ。 船の受け渡しもすんで、酒場で情報集めをする。他は買い物など。 ずっと南の方に砂漠の大陸があって、勇者の墓があるらしい。重要な手がかりだ。 ビアンカがアルカパを去って一時働いていた店がまだ残っていた。結婚するの報 に、男連中はがっくりしていたわよ、と彼女。ちょっと得意げだ。 十月二十七日 地図を見るに、かなりの長旅になるようだ。船乗りたちに航海について聞く。 準備は万全だと思う。あした、風を待って出港する。 十月二十九日 船乗りの一人が急病になって、手伝いをすることになった。病人を近くの漁船に 頼んで、僕が代わりを務める。船長は申しわけなさそうな顔をしていたけれど、 腕がなまるよりはいい。 十一月一日 セントベレス山を右舷に見る。あんな高い山があっていいのかと思うような高さ だ。 高い山は普通聖なる対象で、霊峰とか言われるものだが、あれは魔峰というのに ふさわしい。何やら怪しい教団が神殿を 僕はあそこにいたのかもしれない。 十一月四日 まだあの山が見える。 ヨシュアさんはどうなったろうか。 十一月十四日 左舷に雲まで届く細い線が見える。信じられないが塔のようだ。セントベレス山 は自然の驚異だったけれど、あの塔はまさに神の驚異だ。人間の仕業とは思えな い。 十一月十五日 チロルが戦闘中に船から落ちて大騒ぎになった。大事には至らなかったが、チロ ルはしゅんとしている。海での戦いは勝手が違ううえにそう回数も少ないので、 気を抜くとこういうことになってしまう。 十一月十九日 陸地が見えはじめた。黄色く輝く大地。砂漠地帯に違いない。 馬車は砂漠では不利だが、どうしよう。 十一月二十日 夜になって上陸し、付近を調べてみた。 思ったより地面はしっかりしている。さらさらの砂地ばかりというわけではない ようだ。 道を選んでいけばいけそうだ。それより水が心配だが、どうやら途中にオアシス があるとか。まずはそれを目指すことにする。 船はいったん近くの町によってもらって補給してきてもらう。一ヶ月後、七日間 の合流期間を取り決めた。 十一月二十一日 昼間は暑いので夜になって出発する。魔物が危険だけれど、こちらの方がいい。 行けるところまでいってみよう。ルーラができるだけのMPは残しておかなけれ ば。 十一月二十三日 寒暖の差が激しい。水の消費量はそれほどでもなかった。オアシスまで、もつと 思う。 十一月二十五日 オアシスについた。小屋があって、老人が一人住んでいた。西にある城というの はテルパドールというらしい。この大陸が砂漠になる前は大変に栄えていたよう だ。 老人に近道と泉などを教えてもらった。これで安全に行ける。 十一月二十六日 無事、教わった通りの泉についた。目印がほとんど無いのでとまどったけれども、 野生の勘なのかチロルが見つけてくれた。 十一月三十日 二つ目の泉についた。歩いても歩いても景色が変わらない。遠くに見える山の角 度で進んできているということが分かる。 十二月四日 深夜になってテルパドールについた。 今日はもう眠る。あしたの昼、お城に出向くことにしよう。 十二月五日 女王アイシスに謁見した。 はるか東の国グランバニア。そこが父さんの国だという。父さんはグランバニア 王だった。母さんを捜すため王位を捨て、僕をつれて世界を旅していた。 言葉に言い表せない、なんとも言えない気持ちだ。 勇者の墓は天空のかぶとを祭ったものだった。女王さまにかぶってみろといわれ てかぶってみたものの、見た目よりもずっと重過ぎて使えない。少なくとも僕に は資格が無いようだ。 ここは勇者のお供をした人たちの子孫が作った国だという。勇者の情報はここに 集まってくるようだけれど、今のところは昔の伝説ばかりで、新しい話はあまり 無い。 しばらくここにとどまって、それからグランバニアに向かおう。 ここは不思議な国だ。女王さまの力で、地下庭園やつきることのない泉がたもた れている。女王さまは不思議な魔力を持っていて、人の心も読めるらしい。年齢 よりはるかに若く見え、とても妖艶で美しい方だ。ビアンカも圧倒されたようで、 「浮気しちゃ、だめよ」という声が、かすれ声になっていた。 十二月八日 船との合流もあるため、明日ここを発つ。 アイシスさまが砂漠の暑さをしのげる魔法をかけてくれるという。効果はしばら く続くので、一気にオアシスまで駆け抜けられる。 アイシスさまのご厚意で親衛隊の方と模擬試合を行った。アイシスさまの親衛隊 は、とても強い。かなり苦戦したが、負けはしなかったと思う。あしたもう一試 合を申し込まれたが、丁重に断った。 十二月十日 オアシスよりの方の泉を過ぎたところだ。昼間を行けるようになったのでだいぶ 旅がはかどる。予定より早く着きそうだが、オアシスで待つか海岸で待つかで意 見が分かれている。 十二月十一日 オアシスの老人の小屋で休んでいる。魔法の効力がおちてきた。過信せずに来た ときと同じ行程をたどることにした。 泊めてくれたお礼に話し相手となって欲しいということで、あと二日泊まる。 十二月十九日 海岸に到達。船はまだ来ていない。見晴らしのいいところを選んでキャンプをす る。 ピエールを見張りにたてて、二人で泳いだ。 十二月二十日 沖の方を巨大な魔物がゆくのをはじめて見た。はしの方に見える商船と比べても 大きさが分かる。その船をねらっているのかと思ったけれど、そのまま通り過ぎ ていった。 十二月二十一日 一そう、二そうと船がいくのが見える。と、一隻の船が大きな竜に襲われたのを 見た。 ビアンカと一緒にじっと見守っていると、ゆっくりと竜が倒れていった。船は方 向転換して、竜を引きずりながら戻って行く。ただ、帆桁が一つなくなっている のが見える。 結局今日は船は来なかった。 十二月二十二日 海から上がってきて疲れているときに魔物がやってきた。早めに気がついたけれ ど、装備を取りにいくのが時間かかってしまった。ピエールにおこられてしまっ た。 さすがに今日のは無防備すぎたかもしれない。反省する。 夕方になって、幽霊船長が襲い掛かってきたが、ビアンカの負けん気の強さには 舌を巻く。 あるいは、幽霊怖さの反動だったんだろうか? 十二月二十三日 朝になってシードッグの集団が上陸してきた。朝食もろくにとらずに戦う。沖合 いの竜のようなものは浅瀬だからと安心していたが、その他の魔物も油断はでき ないと思った。 まだ船は来ない。僕らの方が先に来て船が遅れるとは思わなかった。ここからそ う遠くない漁港からくるはずだけれど、どうしたのだろうか。 今船が来た。今から積みはじめる。 十二月二十四日 船長がグランバニアの情報を聞いてきてくれた。山越えが必要になるらしい。装 備は現地調達になってしまうが、道はそう険しくないようなので、体力的には問 題ないと思う。 グランバニアについていろいろ思いを巡らすけれども、うまく想像できない。ア イシスさまの話が本当なら、僕は赤ん坊のときあそこにいたはずだけれども、さ すがにまだ小さすぎて憶えていない。 この前襲われていた船はやはりこの船だった。思わぬ収穫と思わぬ破損でいった ん引き返すことにしたらしい。まあ、来てくれて安心した。 なかなかすごい戦いだったらしい。話を聞こうとすると、みんなが一斉にしゃべ り出す。 誰もが、俺が一番勇敢だったみたいな話し方をするのには参ってしまった。 十二月二十五日 グランバニアについてからの話をいろいろした。ビアンカはおもに暮らしぶりに ついての話ばかりする。意外に家庭的なんだ。 落ち着くのも、悪くないかもしれない。ただ、勇者の手がかりが見つかったとし て、また旅立つ気になれるかどうか、、、。 十二月三十一日 新年祭の準備をする。船の上での新年祭ははじめてだ。本当なら女神の人形を作 るところだけれど、ビアンカが女神役をすることになった。ちょっと得意気だ。 あしたは早い。もう眠ろう。 一月一日 朝日の中女神の扮装をしたビアンカはきれいだった。船乗りの視線が痛い。 航行中なので盛大な宴はなかったけれど、神聖な儀式は印象に残った。 ちょっと豪華になった食事はおいしかった。ピエールもチロルも、それぞれの仕 方で新年というものを感じ取ったようだ。 一月五日 陸地が見えたが、戦闘中に流されて少し後退した。つくのはあしたになる。 いつのまにか日付が一日ずれていたと思っていたら、日付変更線というものを越 えていたらしい。いつ越えたのか気がつかなかったといったら、わしだって分か らん、と船長。 一月六日 昼食後、船と分かれた。いまは、山脈のふもとにあるという宿屋に向かっている。 ビアンカの人気は思ったより大変なものだった。贈り物を持った連中が甲板にず らりと並んでいた。人妻なのに。 「船長にはめいわくをかけましたね」、というと、「おかげでいろいろまわって めずらしい物産を仕入れました」とのこと。費用はルドマンさん持ちで、儲けは 船長のふところへ。さすが。 ポートセルミで僕のことを待っていてくれるらしい。ルーラを唱えられるように なったのが2、3人入って、文字どおりいつでも飛んできますよ、とのこと。 みんな帽子を振ってお別れしてくれた。 一月七日 ネッドの宿屋についた。モンスターが凶暴化して、山越えはかなり危険になって いるらしい。装備はととのえたものの、やんわりと引き止められた。 でも、ビアンカは山奥の村にずっと住んでいたし、僕も小さい頃はサンタローズ にいたから、山はあまり不安の種にはならない。それよりも、最近ビアンカの調 子が悪いようだ。 ピエールが、戦闘の連繋がうまくいかないと文句をいっている。 海、砂漠、海、山と環境の変化が激しかったから疲れているのかもしれない。な るべく馬車に入れておこう。 一月八日 山道はかなり険しいけれど、ところどころしっかり道を作り直してあるので、ど うにか馬車を連れて行ける。 二、三人とすれ違う。この山の上には村があると聞いた。昔は旅人相手に商売し ていたらしいが、客が少なくなってからは自分たちで山脈をつないでいるという。 一月十日 道に迷ったところで宿を見つけた。おばあさんが一人で住んでいて、泊めてくれ ることになった。はっきりいってあまり雰囲気は良くない。ビアンカは気味が悪 いとまでいっている。道順は聞き出したので、あしたは早く出よう。 一月十一日 洞窟に突入した。大きめのたき火をたいてキャンプを張っている。昨日の話で盛 り上がった。おばあさんには申し訳ないけれど、まるっきり怪談話そのままの展 開に、あの時はビアンカは泣かんばかりだった。結局誤解を解いたわけだけれど も、いまだに話の種になっている。 やっぱりビアンカは体調が悪い。ピエールによると、僕に隠れて吐くこともある ようだ。 チゾットでしばらく休もう。 一月十二日 チゾット到着。ついたとたん、ビアンカが倒れてしまった。久しぶりの旅人を迎 えようと、村人が集まってきた中突然立ち止まって、それからだ。 熱はないようだし、やっぱり疲れかもしれない。環境を安定させた方がいい。 十日ほど、ここですごそうと思う。 一月十三日 ビアンカは昨日倒れたばかりなのに、もう出発しようと言いだした。冷静なる話 し合いの結果、もう一日だけ休ませることになった。 グランバニアの王妃がさらわれた事件について聞いた。王妃マーサとパパス王の 話、母さんと父さんの話だ。 この村からはグランバニア城が見える。森に囲まれた、美しい城だ。「あれが父 さんの城」、とつぶやいてみる。 一月十四日 チゾットの橋を渡って、グランバニアの洞窟に入った。 橋から見える城を見て胸が詰まる。ビアンカとじっと立ち止まって見ていた。 先に行ったチロルが立ち止まったのに気がついて戻ってくるまで、時が止まった かのようだった。 一月十六日 魔物と戦っているうち、ミニデーモンが仲間になった。ビアンカはミニモンと名 づけて可愛がっているが、チロルはあまり好きじゃないらしい。ミニモンはかな りのいたずらっ子で、手に持ったフォーク?でチロルをからかっている。僕の声 も真似するので油断ならない。ピエールは相変わらずどう思っているのか分から ない。無視しているようだ。 一月十七日 洞窟をぬけてグランバニアについた。ここは城の中に町がある。いいところだ。 この町にサンチョがいるらしい。山道でも聞いたけれど別人だと思っていた。会 いたい、と思う。 この国は父さんがいなくなってかなりのあいだ王をたてなかったらしい。きっと 帰ってくると信じていたのだろう。すばらしい人徳だ。 今の王はオジロンというらしい。かなり人の良い王様のようだ。あしたお目にか かろうと思う。 ただ、どんな顔をして行ったらいいものか悩んでいる。先代の王の息子というの は、なかなか厄介な立場だ。 ミニモンにとって城の中はめずらしいらしい。かなりはしゃいで、ついでにいた ずらの方もはげしい。困っているが、ビアンカのためにかなり大目に見ている。 子悪魔め! 一月十九日 いきなり大変なことになってしまった。王にしてくれなんて一言も言わなかった し、言うつもりも無いのに、むこうの方から言い出してきた。王様、人がいいに もほどがある! サンチョに会ったのはいいけれど、相談する間もなく王様に引き合わされてしま った。 しかもその場でビアンカが身ごもっていることを知ってしまったし、、、 昨日の夜はそのまま宴会で結局昼まで寝込んでしまった。 そしてこんな話になってしまった、、、 とにかく、大臣の話では試練の洞窟とかいうのをくぐりぬけなくてはならないら しい。 あした中を使って準備をしなくてはならない。ビアンカと離ればなれになってし まう。 一月二十日 王様は人が良すぎて大臣の言いなりらしい。オジロン王自身もそのことを感じて らっしゃったのだろう。それに、家族も王族の重責に耐え兼ねているようだ。 国民の方も父さんの統治を懐かしむ声が高い。父さんも、その弟のオジロンさん も通った道だ。しょうがない、やってみようと思う。ただの偶然とはいえ父さん の息子というのは僕しかいないわけだし、その血でみんなが納得して少しでも役 に立てるなら、やらなければいけない。 一月二十一日 試練の洞窟までは三日の距離だ。今はモンスターが徘徊して、昔よりも条件が厳 しい。また、洞窟までの送り迎えも大臣は許可してくれない。 これまた嫌われたものだ。 一月二十四日 無事王家の証を手に入れた。案の定、誰かに雇われた連中が襲ってきた。そいつ らは軽く打ち倒したけれども、苦戦したのは、自分の幻影だ。 僕そっくりに変身して襲い掛かってくるのが何匹もいて、かなり精神的に参った。 確かに試練の洞窟だ。 一月二十八日 信じられないことだけれど、もう赤ちゃんが産まれそうだ。いくらなんでもこれ は早すぎる。が、僕の子であることは間違いない。 医者の話によると、僕が生まれたときは七十七日間だったそうだ。「マーサ殿の 血のなせるわざでしょうな」、と語ってくれた。 上の階から苦しそうな声が聞こえる。乳母どのや、助産婦さんたちはなれたもの だが、不安がつのる。今夜は眠れそうにない。 一月二十九日 明け方近く、双子が生まれた。男の子と女の子だ。オジロン王はたいそう喜ばれ て、国民にいきなり発表してしまった。まだ僕は心構えすらできていないのに、 あさってにはもう王位継承の儀式を行うつもりらしい。本当は明日にでもやりた かったようだけれども、大臣に懇願されてあさってになった。 ビアンカと、二人の名前を考えている。儀式の日には、発表できると思う。 一月三十日 一日中、儀式の準備や法典の勉強で忙しかった。まだ国造りについては何の知識 も無い。オジロンさまが補佐してくれるとはいえ、オジロン王もわずか数年の新 米王だ。やはり大臣に頼ることになるなあ。 二人の名前が決まった。国から二人の名前をつけた船を贈ろうという提案がなさ れた。正式な決定はやはり明日になるけれども、ありがたく頂戴する。 二月二日 20年前、この部屋で僕が生まれた。僕を抱えた父さんがこのベッドの横に立って 母さんを見守っていると、その目の前で母さんは不思議な力に包まれて、そのま ま連れ去られていったという。 そして昨日、ビアンカがさらわれてしまった。 子供は無事だったけれども、ビアンカはどこにいったのか分からない。 今、兵士たちが必死で行方を追っている。国民のあいだでは動揺が広がっている。 僕がパパス王のように王位を捨てるのではないかと思っているのだ。 とても苦しいが、今は兵士を信じて待つ。 どうもおかしい。祝賀の酒の中に眠り薬を入れられた形跡がある。 大臣の姿が見えないので、部下が困っている。報告をほとんど自分でさばかなく てはならない。忙しさがかえって救いになっている。 二月三日 あの大臣が北の空へ飛び去っていったという報告を受けた。そこで大臣の部屋を 調べさせたところ、もう一組のそらとぶくつが見つかった。やはりあの大臣が犯 人だったに違いない。 国を捨てないでくれという嘆願がくる一方、やむなし、あるいは追いかけるべし という意見もあるようだ。決断を下さなくてはならない。 二月四日 サンチョだけに告げて、早朝城を発った。 そらとぶくつは、北の方にある教会に導かれていた。しかし、教会そのものとは 関連が無いようだ。 シスターの話では、しばらく前に怪物の集団が北を目指して走り去っていったら しい。どうもその中に大臣らしき人物をのせた輿が会ったようなのだ。 今、北を目指して馬車を飛ばしている途中だ。出遅れたがこちらの方が早い。追 いつくかもしれない。 二月五日 おおぜいの足跡が見える。かなたに見える山に向かっているらしい。 そう言えば教会で、山に囲まれた塔の話を聞いていた。きっとあそこにいるに違 いない。 禍々しい塔だ。何匹か魔物を捕まえて、情報を聞き出さなくてはならない。 二月六日 塔まで来た。この塔はデモンズタワーといって、かつでこの地方に一大勢力を誇 った魔族の中心地らしい。グランバニアに滅ぼされてからは廃虚になっていたの が、ここ数年のあいだに再建されつつあるようだ。 同族の建物と聞いてミニモンのことが心配になったが、それほどでもないらしい。 いったん仲間になったら、裏切ることはないとピエールが保証してくれる。 裏切らないのはいいとしても、ストレスが心配になる。が、このいたずらっこぞ うにストレスという言葉はあるのだろうか? 二月七日 塔から蹴落とされてしまった。気がつくと地下にいた。宝捜しの連中(トレジャ ーハンターというのだろうか?)に助けられたらしい。 彼らはこれから応援を待って、 その後最上階を目指しながら金目のものを探し てあるくという。何人か脱落するのは覚悟の上だという。命知らずの連中だ。 幸運を祈って、馬車に戻った。明日、もう一度登る。こんどは最上階に行けると 思う。 四月二日 腕のあたりがまだこわばっている。書くのが少しつらい。 また、人生から取り残されてしまった感じだ。胸に大きな穴が空いたような気が する。 せっかくビアンカを見つけたのに、離れ離れになってしまった。 八年間の苦しみは、そんなに簡単に癒されない。子供たちの成長がただ一つの心 の安らぎだ。しかし、かまってあげることもできなかったという罪悪感も残る。 あの事件の本当の犯人は、父さんのかたきの一人だった。差し違えになったとは いえ、これで三分の一だけは仇を討ったわけだ。 ジャミとかいう奴は不思議な術を身につけていて、どんな攻撃も受け付けなかっ た。あの時ビアンカが助けてくれなければ、、、。 僕らはジャミの最後の力で石化させられてしまった。そして今まで八年間をすご してきたわけだ。時が流れていくのをただじっと見守るしかない自分が情けなか った。 石像と化した自分をあの塔から運んで売り払ったのは、あの時会ったトレジャー ハンターの仲間だったようだ。お互い幸運を祈り会った連中とああいう関係にな るとは、なんとも皮肉なことだ。 ビアンカはどこに売られたのかは分からない。ひょっとすれば僕のように、魔界 の手のものではなくまだ普通の家にいるのかもしれない。わずかだが、望みはあ ると思う。 同じく石像として売られていたチロルとピエールは回収された。だが、ミニモン は残念ながら石化が解けても二度と動くことはなかった。ビアンカが悲しむだろ うなあ。 四月三日 オジロンは摂政となって、国を守ってくれるという。八年も待ったのだから、も う少し待ちますよ、と言ってくれた。兵士には見せなかったけれども涙が出た。 オジロンはしばらく人払いをしてくれた。 子供たちが、僕についてくるつもりでいる。僕自身同じように父さんと世界を回 っただけに、強く断りきれない。だが、僕は父さんのように強くはない。守り切 れるだろうか。自信が無い。 娘はビアンカによく似ている。幽霊城を旅した時、ビアンカはこんな顔をしてい ただろうか。ビアンカが今ここにいないだけ、危ないまねをさせたくない、とい う気持ちがつのる。 だが、息子の方は、、、 目が僕によく似ている、とみんながいう。けれども、情としてあまり肉親という 感じがしない。非人間的なまでに神々しく、武術、呪文共に子供ばなれしている。 黙って立っている時の姿は、まるで何かの芸術作品のようだ。 お父さん、という声を聞き、ようやく現実にかえる。 息子はあの天空の剣を軽々と振り回している。テルパドールのアイシスさまにあ わせてみなくては。 そのあとは、母さんのふるさとを訪ね、魔界についての手がかりを捜そうと思う。 ビアンカがどこかの家に売られたならばともかく、魔界に関することならば兵士 たちの手には負えないだろう。母さんの不思議な力の謎を解かなくてはならない。 目標が決まると、少しやる気が出てきた。 四月五日 国を離れ、テルパドールへ向かう。 サンチョがかなりいろいろなことを子供たちに教え込んだらしい。かなり旅慣れ ている。 しかしまだ子供だ。チロルの背に乗ったりして遊んでいる。 体力は有り余っているようなので、寝かしつけるのに苦労した。 四月十二日 今日からは船旅だ。テルパドールまでは結構な距離がある。初日から海が荒れは じめた。平気なのは息子くらいで、他のものはみな気分が悪くなってきた。魔物 が襲ってくる気配はないものの、上陸後の砂漠に耐えられるだろうか。今後海が 平静であるよう海神に祈る。 四月二十日 あれからうってかわったように波は静かだ。一日だけ凪いだものの風も順調で、 甲板で訓練の日々が続く。今のところ平和な日々だ。 近くで船が襲われたようだ。積み荷が海面を漂っている。だが船長の話を聞くと 沈んだというわけではないらしい。よく見ると積み荷はたいして価値の無いもの ばかりで、魔物が目を奪われているすきに逃げ切ったようだ。 八年のあいだに魔物の様子も少し変わってきて、強くなったようだ。商船は船団 を組むようにして対抗しているが、単独の漁船が特に危険だという。 四月二十五日 見覚えのある砂漠の大地。ここはまったく変わっていない。記録を頼りに上陸地 点を捜し、船と別れた。 昼の暑さには変わりが無いが、娘が氷の呪文を使えるようになったので、昼間も 一気に駆け抜けられるようになった。一時間ごとに馬を休ませ、第二の泉まで最 短距離で向かうことにする。 五月一日 泉についた。あさってにはテルパドールにつけると思う。 伝説の勇者を語り継いできた国。息子のことをどう思うだろうか。 それにしても昼は暑いが夜はかなり冷える。 五月三日 テルパドールの宿屋にいる。 明日はアイシスさまに会うため、体の汚れを落としている。砂漠の国での風呂は 気持ちがいいが、次の日にはすぐ砂にまみれるので、さっぱりするのも城の中に いるあいだだけだろう。 つきることの無い泉に、アイシスさまの姿を思い出す。不思議な力を備えた美貌 の女性。 母さんは、あんな感じだろうか。 五月四日 我が息子。そして待ち望んでいた伝説の勇者。とうとう、という思いと、えっ、 という思いが交錯する。喜ぶべき事だけれど、複雑な心境だ。 天空のかぶとを手に入れ、はれて息子は勇者の再臨としてこの国に現れたわけだ。 国民の驚きは大変なもので、息子を一目見ようと、あわよくば御手をとれたらと、 大変な騒ぎだった。息子の方は自覚しているのかいないのか、にこにこしている。 娘が背中を叩いて「がんばりなさいよ」というと、ウンとばかりにうなずくので あった。 五月五日 女王に挨拶をして、テルパドールを辞す。 ルーラでグランバニアに戻ると、サンチョや兵士の交代要員と合流して、そのま ま北へ向かう。 母さんのふるさとのエルヘブンは極端な盆地で、地上からは人の足では行けない らしい。 父さんの昔の頃の記録があればいいのだけれども。どちらにしても北の大陸に渡 らなくてはならない。 五月十二日 兵士の報告とサンチョの記憶を頼りに、大陸沿岸の巨大洞窟を捜している。父さ んは若い頃このあたりを旅したようだ。遭難してサンチョとはぐれ、かなりたっ てから母さんのマーサをつれて発見されたという。 帆船がゆうに入る巨大洞窟を通ったことを父さんが語るのをサンチョが憶えてい た。エルヘブンを内陸で発見した兵士の報告とも矛盾はしない。 五月二十日 海が荒れてきた。嵐が近いかもしれないので、昨日の夜見かけた湾まで戻ること にする。 五月二十一日 朝になって、捜していた洞窟のすぐ近くにいたことが分かった。落石で、どうに か船が入りそうなくらいに入り口が狭くなっていたし、この前は夜だったので気 がつかなかった。 入り口を爆破して中に入った。 広いのは広いが、上に向かって狭まっているので帆げたが心配だ。操舵手は緊張 の連続だ。 まわりは暗いので小船を出して先導させている。たいまつの小さな光が唯一の頼 りだ。 しかし、その光が魔物を引き寄せてしまう。今のところ怪我人はでていないが、 あまり危険なことをさせるわけにもいかない。 とりあえず今は錨を下ろして対策を練っている。 五月二十二日 ここは神殿のようだ。ところどころ階段があったりして、人工のものが見える。 先導船に聖水を持たせるようにしてから効率が上がった。もうかなたに星が見え るところまで来た。みんな緊張でつかれきっているので、今は休んでいる。 背後の方に巨大な大扉が見える。なんともいえない、不気味な気配を感じたので 近づかないように言ったが、どうも気になる。 五月二十三日 船がこれ以上上れないので別れて、上陸してエルヘブンへ向かっている。明日に はつく。 不思議な力を感じる。聖なる雰囲気だ。 五月二十四日 森をぬけたとたんに不意打ちをくらい、みな怪我を負ったので遅れてしまった。 エルヘブンには夜になってつき、どうにか宿屋に倒れこむ。 この宿屋には、客がくるのはずいぶん久しぶりらしい。大丈夫かしらん。 五月二十五日 村の4人の長老と話をした。 人にはそれぞれ、自分の使命を果たさなくてはならない。そして僕の使命とは、 世界を救える人々のために生きることだ。魔界の門を封じれるのは母さんだけ。 魔界の王を倒せるのは、伝説の勇者だけ。そして、彼らの助けになることができ るのは、僕だけだ。 魔界――ビアンカはやはり魔界にいるのだろうか?いったんグランバニアに戻ろ うと思う。 なにか情報があるかもしれない。 マーサのゆかりのもの、と聞いて、老人が魔法の鍵と魔法の絨毯をくれた。あり がたく受け取る。 五月二十六日 ルーラでグランバニアに戻った。ビアンカの手がかりはまったく無い。 オジロンは最近勢力を拡大してきた、光の教団というものの対策に忙しい。たし かに、ビアンカの問題にだけかかりきりというわけにもいくまい。 光の教団と言えばセントベレス山を拠点にしている教団。つまり僕の敵、そして 父さんの仇。しかし、ここはぐっとこらえて、世界のことを考える。 エルヘブンで天空の塔のことを聞いた。いにしえの勇者は天空人だったと言うし、 天空界の方がなにか力になってくれるかもしれない。天空の塔を捜そう。 五月二十七日 以前の記録を読み返していると、僕は一度天空の塔らしいものを見ている。はじ めてテルパドールへ行くときに、雲を突き刺すように建つ塔を見たのだ。 地図からいってもまだ僕としては未踏の地だし、あのセントベレス山もある大陸 だ。早速ここを発とう。 五月二十八日 魔法の絨毯は快適だ。信じられないほどの高速で飛べ、どんな魔物も追いつくこ とが無い。 僕らだけでの洋上飛行は不安が残るし、魔法の絨毯にもまだあまりなれていない が、言っても始まらない。飛びながら絨毯の上で眠っている。 まだ遠すぎて目標は見えないが、旅人の地図で位置は確認できるので心配はして いない。 五月三十日 夕方、夕日に向かって塔が見えた。しかし夜になってもまだつかない。あと数刻 もたてば陸にはつくので、まだ起きている。明日こそ天空の塔に行けると思う。 五月三十一日 天空の塔は廃虚になっていた。本当に天空界まで通じているのだろうか。塔はあ まりに巨大すぎて、まだ中腹にも達していない。はるか北にはセントベレス山が 見える。 戦っている最中、足を踏み外した魔物が外におちていった。あらためて気がつく と高さに足がすくみそうだ。 朝から雨が降っていたが、夜になって雲をぬけるときれいに晴れていた。 今は暗くて見えないが、朝になれば外からより上の階の様子が見えるだろう。 六月一日 天空の塔からは天空界には行けなかった。天空城ははるか昔に墜落して、今では 湖の底に沈んでいるらしい。天空の塔の頂上には天空界の名残を惜しむ人々がい て、僕らが来たことに驚いていた。 マグマの杖というのをもらった。これがあれば助けになるというが、はて。 とりあえず、人々を安心させるためにもグランバニアに戻ってきた。 ルーラでいつでも戻れるのだし、あまり国を空けて人々を心配させたくない。 しかし、あいかわらずビアンカの情報は入ってこない。僕自身本格的に世界を回 ろうかと思っている。 六月二日。 天空城について、グランバニアで色々調べている。 ビアンカの捜索隊がエルヘブンを見つけたとき、近くの湖に沈む城を見かけたと いう報告があった。引き続き調べている。 六月三日 北の大陸に、はるか昔に封鎖された坑道というのがあった。何を掘っていたのか は知らないが、最後に古代の遺跡のような、大きな建物を見たものがいる。その 後不思議な力にたびたびみまわれて工事は中断。坑道閉鎖と同時に地殻変動で、 入り口は完全にふさがれてしまったという。もう二十年近く前の話だ。 天空の塔でいっていたのはこれに違いない。早速明日出発する。 六月七日 魔法の絨毯で洞窟の跡まで来た。 マグマの杖の効果は抜群だった。大地がうなり、入り口までの地面はすべてなら された。 本来ならば見取り図を入手したかったが、見つからなかった。今地下三階まで来 ている。 魔物が強く、苦戦している。しかし子供たちはトロッコに乗るときになると目を 輝かせる。 六月八日 洞窟内であった怪しい男、自称天空人のプサンと、天空城にたどり着いた。天空 城は水浸しで、ひどいありさまだった。 地下の動力室にいくと、この城を支えているオーブの一つ、ゴールドオーブがな くなっていた。何らかの事故で、天空から落下してしまったらしい。 ゴールドオーブは20年ほど前、幽霊城として有名なある城に落ち、一人の子供 に拾われた。僕だ。 そして父さんの死んだあの日あの現場、ゴールドオーブはよりにもよってやつら の手で粉々に砕かれてしまった。悔しさと憎しみが高まる。 とにかく、プサンの話では新たにオーブを作るしかないようだ。妖精の力を借り なくてはならない。妖精といえばポワンさまだ。何とかして連絡を取りたい。 なにか方法はないだろうか。 六月九日 グランバニアで調べているが、妖精伝説は各地に広がっているわりに、場所につ いてはどうも特定できない。わずかにサラボナの地方により詳しい話が残ってい るくらいだろうか。 六月十日 埒があかない。唯一の希望はサンタローズだ。僕がかつて妖精にあった場所。そ れに、僕か一度村に戻った時、小さな子供が寝言で「ベラ」と名前を呼ぶのも聞 いた覚えがある。 なにか分かるかもしれない。 六月十一日 結局何もわからなかった。念のため子供たちにも聞いてみたが、何も見えないと いう。 ついでなので今日はここに泊まって、明日はラインハットに行ってみようと思う。 サンタローズにはかすかに再建の兆しが見えてきた。もう知っている人はほとん どいないけれど、少しだけ嬉しい。 六月十二日 ラインハットはいい国になった。ヘンリーとデールはいい政治をしているようだ。 顔を見せるとヘンリーは本当に驚いたようだった。夜までいろいろともてなして くれた。僕が石になっていた八年のあいだ、随分心配してくれたようだ。「八年 分の若さを手に入れたわけだ」と、皮肉をいわれる。マリアにたしなめられてす ぐに失言と謝ったけれども、まあヘンリーだからこれは許す。こういうところも ヘンリーらしい。 息子のコリンズ王子もヘンリーそっくりだ。というより、ほとんどそのままとい っていい。 子供たちも今日は随分と翻弄されたようだ。 妖精の話をすると、マリアさんが宴の席で妖精の歌というのを聞かせてくれた。 これは今まで聞いたことの無いものだ。よく聞くと、修道院にいた頃に、院長か ら聞いたという。 明日あの修道院に行ってみよう。 たった一日とはいえ、彼らに会えたのは懐かしい。ビアンカや父さんも加えて、 もう一度みんなで旅をしてみたかった。 六月十三日 院長は流れ者たちの噂で妖精について知ったようだ。やはりサラボナのあたりが 妖精の話が多いらしい。確かな話では無いけれども、サラボナの東から妖精の村 に行けるという。 そこにあるのか、そこから通じているのかはともかく、いったんサラボナに行っ てみよう。 六月十五日 今日一日はサラボナどころか世界にとっても大変な日だった。ルドマンさんのご 先祖が封じた150年前の巨大な魔物が蘇って、サラボナの町までやってきた。 幸いルドマンさんが見張りの塔を建てて周到な準備をしていたのと、僕らの戦い で魔物は町人が知ることなく倒されたものの、激しい戦いだった。 精根尽きるまで呪文を投げかけ、天に届くかと思われるような激しい炎の息をか わしては肉迫して斬りつける。どうにか倒したけれども、ルドマンさんの家で手 当てを受けている。 ルドマンさんはあれを自分の責任で封じるつもりだったらしい。もし自分の力が 及ばないとなれば一族、いや町人すべての力を借りてでもあれを倒すつもりの、 悲壮な覚悟だったのだろう。僕らがすでに倒してしまったことに、はじめはきょ とんとしていた。 ルドマンさんは実利的な性格で、妖精のことにはあまり興味もなく、知識もほと んど持っていないようだ。ただ幼い頃に、東の方角に関して、禁忌かなにかのお とぎばなしを聞いた覚えがあるという。 サラボナは古くから続いているものの、ルドマンさんの代になってだんだんと町 の性格が変わってしまったらしい。妖精の詳しい伝説を知っているものはわずか になってしまった。 とりあえず明日からいったん、そらとぶ絨毯で東の方をまわってみようと思う。 六月十九日 結局収穫なくサラボナに戻ってきた。 ルドマンさんが自分の乳母や町の吟遊詩人たちを呼んで、妖精に関して色々調べ てくれた。 アンディのおじいさんが、妖精なら森の奥深くに行かなくてはならないと忠告し てくれる。 このあたりの地図を広げて、一番ありそうなところを調べてみると、ここから真 東に美しい湖があるという。ここを中心に探索してみることにする。 そう言えば、アンディは無事、フローラと結婚できたようだ。いい夫婦になるだ ろう。 フローラはビアンカのことをとても気にかけていた。もう一度会いたいと。僕も 会いたい。 戻ってくる途中、爆弾岩が仲間になった。ロッキーとか言うらしい。どう扱った らいいのか困っている。今までに無いタイプの戦い方をする。とりあえず育てて みようと思うけれども、馬車に乗りきれるだろうか? 六月二十一日 湖のあたりは捜し尽くしたが、見つからない。このまま捜索の輪を広げるには人 手が足りないので、北に進むか南かで話し合っている。 子供たちはより奥地の南を提案しているが、サンチョやピエールが反対している。 最終的に僕の独断と勘で、南へ進むことにした。 六月二十二日 勘は的中した。それらしい雰囲気を感じる。けれども、その感じ方は鈍く、昔の ような、爽快さみたいなものはあまり伝わってこない。自分の感覚が衰えたのだ ろうか。 妖精の森に入ったというのは、入る瞬間、確かに分かった。まわりの森と、明ら かに違っている。だが、今日はもう遅い。早めにキャンプを張る。 森の入り口でメガザルロックを仲間にした。倒したと思ったが、後ろからごろご ろと転がって勝手についてくる。ピエールがどうも仲間になりたいらしいという のでパーティーに加える。メガーザというらしい。ピエールに輪をかけて無口だ が、なかなかお茶目なようだ。子供たちが歩きまわるのにあわせて転がっている。 これまたロッキーと同じくどう扱っていいのか分からない。二匹が馬車の後をご ろごろ転がって行く姿はかなり異様だ。妖精は逃げてしまうんじゃないだろうか? 六月二十三日 妖精の村に来た。ポワンさまやベラに会う。お互い本当に懐かしい相手だが、妖 精にとっての20年は、僕らとは感覚が違うようだ。 事情を話すと、妖精国の女王に会えといわれた。深き森に囲まれた湖、そこに妖 精の城があるという。 子供たちの紹介をし、いろいろな話をしているうちにすぐに遅い時間になったの で、村に泊まる。 六月二十四日 深き森に囲まれた湖。天空の塔から北を眺めたとき、そういうところを確かに見 た。 森から出るのに時間がかかったけれど、魔法の絨毯で夜通し飛んでいるのであさ ってには近くまで行けるだろう。 六月二十六日 妖精の城についてすぐに女王さまのところへ通された。妖精の女王は、ゴールド オーブを作る力はすでに失われていること、しかし僕にオーブを取り戻す力があ ることなどを語ってくれた。 今夜半にオーブを持って上の部屋に向かわなくてはならない。多大な精神力が必 要な仕事だ。そう思うとかえって焦る。 六月二十七日 思い出を映し出す不思議な絵。昨日は分かっていてもつい取り乱してしまった。 懐かしいサンタローズ。父さんのいたあのサンタローズを見ると、精神の集中が ぐらついてしまった。結局失敗に終わる。今夜もう一度やる。今度は子供たちも 起きて、横で見守っていてくれるという。 六月二十八日 神に授かったエルヘブンの民の力で、無事ゴールドオーブは手に入れた。 妖精の民からはっきり告げられた。ビアンカは勇者の子孫であると。僕のエルヘ ブンの血がビアンカの勇者の血を引き出して勇者が生まれたという。 父さんと母さん、そしてさかのぼれば幾代にも渡って受け継がれてきた運命。そ れを思うと、本当に胸がいっぱいになるといっているそばからこら暴れまわるん じゃない。 子供というのは、一国の城にいるのにどうも緊張感が無い。 明日、天空城へ向かう。 六月二十九日 怪しい天空人、または天空の芸人(これは子供たちがつけたあだ名だ)プサンに、 ゴールドオーブを渡す。天空城がその巨体を震わせ、城内の水を流れ落としなが ら空へ向かって浮上していくさま。これはぜひとも外から見たかったと思う。残 念だ。 浮上しきるまで数刻。その後城内をまわると、いったいどこからやってきたのか、 早くも天空人たちが目覚めはじめた。 皆口をそろえて、マスタードラゴンの復活を待っているという。ようするに僕に 早く目覚ましにいけというらしい。 天空城を操りながら、現在北東に向かって進んでいるところだ。 七月二日 天空城をボブルの塔の西側に着陸させた。塔まで一日の距離だ。天空城で食料な どの援助を受け、明日出発する。 七月三日 天空城では誰も見送ってくれなかった! 後はよろしくというつもりらしい。ち ぇっ。 ボブルの塔についた。下の階はすべてふさがれている。天空城からの観察による と、屋上から進入できるようだ。明日の朝、攻略を試みる。 ロッキーとメガーザもついてくるつもりらしい。いったいどうやって上り下りす るつもりなのかは分からないが、一応編成に加える。 七月四日 何がどうなっているのかは分からないが、あの二匹はどうにか屋上まで上ってき た。 塔のような屋内では、二匹の威圧感のある巨体は絶大な威力がある。狭い通路一 杯にごろごろと転がって行くと、たいていの魔物は武器や道具を放り出して逃げ てしまう。 と、ロッキーが命令もしていないのにいきなりメガンテをして自爆。メガーザが あわせてメガザルで自爆。もう一度ロッキーが自爆する。 戦闘後すぐに二匹ともザオラルで生き返らせると、今度は吹き抜けから落ちてい った。 どうやら賢さが足りないようだ。 まだ昼間だが、一階の扉を開いたところで今日は休む。この塔の司祭が倒れてい て、塔が魔物に占領される時の様子を語った。どうも危険な感じがする。体力を 温存していった方がいいかもしれない。 七月五日 信じられない!父さんの仇の一人がいた!あまりに突然だったので、はじめは気 がつかなかった。どうにか倒したが、もう呪文が使えないほど疲れている。いっ たん回復剤を取りに馬車まで戻ってきた。 おそらく、最後の一人もいるに違いない。これからもう一度地下へ降りる。 生きていたら、夜にこの続きを書く。 「私のことを憶えているか憶えていないか、そんな事はどうでもいい」と言った。 憶えていないわけはない。この目に、瞼に、脳裏にしっかり焼き付いている。 戦いは長期戦になった。魔法戦よりもむしろ肉弾戦だった。焼けつく息をかわし ながら切りかかり、激しい炎に必死で耐えた。何度か体を麻痺させられて覚悟を 決めたけれど、絶妙のタイミングで仲間が救ってくれた。そしてとどめをさした。 あいつは死んだ。仇を討った! 馬車に戻ってきてもまだ信じられなかった。とにかく疲れていたので倒れこんで、 しばらく死んだように眠っていた。目が覚めるとまだ夜だった。星が明るい。 馬車のむこうでサンチョが泣いているのが聞こえる。 七月六日 ドラゴンオーブを手に入れて戻ってみると、あのプサンがマスタードラゴンだっ たということが判明した。そう。 みんなは驚いていたが、ちょっと僕は放心してしまって、あんまり驚くことがで きなかった。どうも頭の働きが鈍っていたようだ。 魔界の封印はそう簡単に開くものでもないし、ひとりでに開くものでもない。人 間界に手助けするものがいるようだ。光の教団。怪しい。 そもそも光の教団というのは何者だろうか?ここ20年で急速に勢力を拡大して いるという。僕は国を空けすぎたようだ。グランバニアに戻って調べてみよう。 七月七日 光の教団対策に合流するというので、オジロンは大変喜んでいる。 光の教団というのは極度に閉鎖的で、内部はよく分からない。教祖の名はイブー ルで、セントベレス山が拠点。ルラフェンでイブールの本というのを手に入れて 読んでみたが、あまり内容のある事を言っているとは思えない。 さてどうしたものか。そう言えばマリアさんは元信者だったっけ。あしたライン ハットまで出向くことにしよう。 七月八日 王としての訪問のため正装の準備をしていると、ピピンという兵士が大変な情報 を持ってきた。ビアンカの石像を扱った男を捕まえて、行く先を聞き出したとい うのだ。 あのトレジャーハンターの男は、石像になったビアンカを教団に貢いで、取引先 として確保しようとしたらしい。 のんびり調べている気になれない。本拠地へ乗りこむ気でいる。マスタードラゴ ンが助けてくれるはずだ。 七月九日 ここは僕のいたところだ。十年以上もここで働かされていた。その後更に十年も 経ったとはいえ、いまだによく憶えている。 神殿では教団の神官が説教をしていた。神官は卑劣にも、よりにもよって母さん の姿を騙っていた。怒りが込み上げる。即座というわけには行かなかったが、打 ち倒して神殿を制圧した。一般信者は魂を抜かれたようになっていたが、回復し たようだ。今はこの神殿は安全だ。 隠し階段から大神殿へ突入したが、敵はもはや死にもの狂いだ。いきなり本拠地 を衝かれるとは思っていなかったのだろう。奇襲効果でかなり奥まで進んだが、 体力が限界だ。 敵に準備の時間を与えることになってしまうがやむを得ない。上を制圧した以上、 これ以上の増強はできまい。包囲はグランバニア軍に任せて、いったん撤退する。 ロッキーとメガーザの二頭立ては、今回も有効だった。しかしやたらに爆発する べからずという司令は固く守ったものの、途中ではぐれてしまった。あまり心配 したくはないが、やはり心配になってしまう。 ヨシュアさんを、いやヨシュアさんの亡骸を発見した。壮絶な最期を遂げられて いた。マリアさんに話すべきだろうか。 七月十日 いったん外に出て馬車で休んでいるあいだに、激烈な戦闘があったようだ。兵士 に多数の犠牲者が出た。大きな音がしたので駆けつけると、双方痛み分け、こち らがやや有利に展開していた。僕らはその混乱の中ふたたび大神殿の中に突入で きたのだ。 教祖は邪悪な顔をしていたが、まさしく人間のようだった。僕らを目の前にして も余裕たっぷりにしていた。そして、何と外にある僕らの馬車を呼び寄せた。 戦闘はこれまでになく激しく、苛烈だった。輝く息やイオナズン、それにどこに そんな力があるのかと思うような強烈な一撃。いくら斬りつけても、まるで弱っ ていないようだった。僕らが不安になり、ついには恐怖をおぼえた頃に、イブー ルは倒れた。 いったいどこでこのような術を身につけ、なぜこのようなことをしたのかは分か らない。 ともかく、教団は壊滅した。 七月十一日 呪いの解けたビアンカと、家族水入らずで過ごす。 今日一日、本当に楽しかった。 七月十三日 留守中の報告を山のように受ける。教団の事後処理や、国の再建など仕事が山の ようにある。 神殿の包囲が突破されようとしたとき逆転できたのは、ロッキーのおかげらしい。 いちおうグランバニア勲一等を送っとこう。 七月二十日 仕事が手につかない。心が別にあることをオジロンに見抜かれてしまった。 神殿の中で母さんの声が聞こえた。魔界に来てはならない、と。しかし、僕の心 は決まっている。魔界に行く。母さんを捜す。 だが、それでオジロンと大喧嘩をしてしまった。普段温和なオジロンとしてはめ ずらしいくらいの口調だった。腹を立てている。 オジロンの気持ちも分かる。二代続けて国を空け、国民をないがしろにしてしま った。 グランバニア城からも人が去り、パパス王最盛期の影はない。 消えた妻を捜す、という旅は、ビアンカで完結して欲しいというのだろう。 だが幼い僕を連れ、無念のうちに死んだ父さんの気持ちが僕は痛いほど分かる。 逆にいえば、それを晴らさなければ、僕が完結できない。 オジロンには悪いが、僕は行く。 七月二十一日 オジロンに、王子だけはおいていくようにいわれる。しかし息子は伝説の勇者だ。 それはできないというと、今度は本当に怒り出した。王冠は預かる、といいだす。 王冠を渡したら、オジロンは目に一杯涙を溜めて、それを受け取った。すまない。 国民は複雑な思いのようだ。パパス王と共に、マーサ妃の人気もいまだ高い。パ パス王の息子がつれて帰ってきてくれる、と期待する声もあれば、二の舞を不安 がるものもいる。 ただ一つ国民に言えるのは、「僕は妻を取り返した、母も取り返す」と繰り返す ことだけだ。 あした、国を出る。 七月二十二日 よっぽどビアンカたちを残していきたかった。しかし、言っても聞かない。それ に政治的なこともある。覚悟を決めた。王家総でで消えるか、帰るかだ。 エルヘブンで魔界への道についての手がかりを得る。四人の長老がすべて語って くれた。やはり、ここへ続く洞窟が、同時に魔界へ通じる神殿だった。 天空と地上、地上と魔界、それぞれをつなぐ門の、神に命ぜられた門番としての 宿命。 その力ゆえに母さんは魔界へと連れ去られてしまったこと。残された門番として の、あるいは勇者の父親としての、そして勇者の守護者としての僕の運命。 すべて知ってしまったからには、もう悔いはない。仲間は僕に命を預けてくれて いる。 マスタードラゴンが復活したので、地上は問題はない。三つのリングが揃った今 こそ、魔界へ乗り込むときだ。 七月二十三日 魔界についた。母上が魂を通じて語りかけてくれた。賢者の石を託された。見守 られているのを感じる。 おかしな世界だ。これが魔界か。 七月二十四日 うんざりするようなくすんだ空、黒くよどんだ海。世界の造りはそれほど変わら ないのに、すべてが異様に見える。 戦っているときだけが生気を感じる。 七月二十五日 たった三日で、心が闇に沈んでいくのを感じる。戦いに明け暮れ、神経が苛立つ。 モンスターどもが手におえない。 七月二十六日 母マーサが魔力をふりしぼって守る最後の町ジャハンナで態勢を整え直している。 魔界を少し甘く見過ぎていたようだ。仲間をモンスターどもと呼ぶまでに堕して しまった。二度とこんなことがあってはならない。 心を強く持たねば。僕らには賢者の石が唯一の支えになる。 息子は本当に強い。この魔界においても、少しも動じることはない。気のせいか もしれないが、息子の近くにいると、わずかだが体が澄み渡る気がする。自身は 気づいていないようだ。 ここジャハンナは改心した元魔物が住む町という。母さんは捕らわれの身ながら も力を尽くして、何とかこの世界を浄化しようとしているのだ。 この町の住人は皆、母さんによって魂の平安を得られたと口をそろえる。 しかしそれでも大魔王を尊敬する声が高い。僕らはそれを倒しに行くというと、 反対はされなかったが複雑な葛藤を与えたようだ。 毎日が陰謀と裏切りの連続だったと、元魔王軍のものが言う。味方を信用するこ とすらできなかった、と。 ではなぜ魔王軍が成り立ちうるのか、と訊ねると、「あれは軍じゃない、飼われ ているだけだ」、と言う。 だが、別れ際にこんなことをつぶやくのが聞こえた。「悪には悪の救世主がいる んだ。」 七月二十七日 旅を再開する。 なるべく近くを見ないようにしている。はるか遠くに見えるエビルマウンテンだ けを見ている。あの頂上が最後だ、という思いがみなの中で共通している。 敵がとても強い。賢者の石に頼りっぱなしだ。次々と打ち倒しながら、一丸とな って進んでいる。 七月二十八日 馬が弱りはじめた。体力ではなく精神的な問題らしい。休ませなくてはならない。 破いた布で目や耳などの感覚を弱め、落ち着くまで止まっている。 回復したので一気に走りぬける。エビルマウンテンまであとわずかのところで、 毒沼に足止めされた。回り道をしたので着くのは明日の朝になる。 七月二十九日 母さんに一目会えただけで満足だ。今はもう眠い。危険だとは分かっているが、 隠れて休んでいる。 目が覚めるととんでもないことになっていた。 僕が仮眠を取っているあいだに、メタルキングたちと戦闘になっていた、のだが、 全員が混乱して、笑うに笑えない。 やたら気が強くなって意味なくタンカを切ってみたり、地面でもがいたまま起き 上がれなかったり、へんてこな踊りを踊りだしたりと、あのまま駆けつけなかっ たらいつまででもあのままだったかもしれない。 いちおう飲み物を飲ませて、落ち着かせているところだ。 七月三十日 外の様子は分からないが、地上ではおそらくちょうど真昼ごろだろう。 いよいよ魔界の王、ミルドラースの部屋の直前まで来た。 もうあまり書くことはない。今から突入する。 もう動けない。マスタードラゴンがこちらまで迎えに来てくれるといっている。 ミルドラースを倒した。世界は救われた。 日記をとじるにあたって 冒険が好きなわけじゃなかった。時には父さんに連れられて、時にはビアンカに 連れられて、時には運命のなすがままに。 ただ、父さんが幼い僕に、冒険日記を書けといってくれたときに、こんな冒険が 綴られると思っていただろうか? わからない。 ただ、父さんの日記に匹敵するぐらいの大冒険なことは胸を張って言える。 世界は平和になった。マスタードラゴンがいうのだから間違いない。 もちろん、町に悪いやつが完全にいなくなったわけじゃないけれど、それは人間 の業だ。 魔界は完全に封じられた。少なくとも子供たちの代までは心配ない。 そしてその先は、もう分からない。たった30年の物語だったけれど、僕には十 分すぎる長さだ。永遠なんて、とても考えられない。ただ、いざとなればまた、 勇者は現れる。 オジロンがグランバニアで待ってくれている。もう帰らなくてはならない。けれ ども、あともう少しだけ、平和な世界を回ってみたいと思っているし、ビアンカ や子供たちは、封印の洞窟というのに行ってみたいと言っている。 もうそろそろ子供たちに日記を与えてみようか。それとも僕たち二人にこそ、新 しい日記が必要になるだろうか? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 読了後、よろしければ感想を下さい。 かみろに May 1999