<騎士として>
by オリーブドラブ
(本編の前日談。アスカンタ城の騎士と、マイエラ修道院の聖堂騎士の小話。)

 「この度の稽古に来られるという例の騎士殿はまだなのか?」
私は愛用のレイピアの美しい光沢を眺めながら、同僚に質問を投げ掛ける。
同僚は机に向かったまま、私の方を向かずに答えた。
「今日の正午…即ち間もなくだ」
今日は風が全く無く、小鳥の囀りも聞こえてこない。
それだけに、彼が聖書のページをめくる音が一層強く耳に入って来る。
「それにしても…アスカンタも王妃様を失われて二年しか過ぎていないというのに、由緒正しき自国の騎士を我が聖堂騎士団に出稽古に向かわせるとは…」
「自国の由緒ある騎士をこちらに出稽古に送り出す…それだけアスカンタが王妃様の死から立ち直り始めたということだろう」
私はレイピアを腰に納め、窓からアスカンタ城の聳える方角を見つめた。

ふと、あるものが私の視界に現れた。
一頭の茶色い馬に跨がる、白銀の甲冑に身を包みし一人の騎士。
「…あれが例の…」
騎士の背には一本の長い槍が伺える。
そして彼の駆る馬は程なくして、このマイエラ修道院に到着した。
「レナス。この稽古は我が聖堂騎士団の力をアスカンタに知らしめるよい機会だ。」
同僚が私の名を呼び、部屋の扉を開いて出発を促す。
「ああ…では、行くとしよう。」
私はレイピアに不備が無いかもう一度確認した後、意を決し、同僚を残して部屋を出た。

私がいた聖堂騎士団の宿舎を出た所で、騎士団長であるマルチェロ様にお会いした。
「レナスか。アスカンタ城の騎士との合同稽古…しっかりやりたまえよ」
「お任せください」
マルチェロ様は私が言い終えない内に、私の脇を通り過ぎて宿舎へ向かってしまわれた。

気を取り直し、私は入口で待っていた騎士殿のもとへ赴いた。
騎士殿は大分待たされていた筈なのに、その瞳には露ほどの苛立ちも感じられなかった。
騎士殿は私の姿を認めると、私の所まで静かに歩み寄る。
「この度、マイエラ聖堂騎士団の方との合同稽古ために来ました、ブラウンと申す者です」
「我がマイエラ修道院へようこそ。私は聖堂騎士団員・レナスです」
私はその騎士…ブラウン殿と握手を交わし、修道院の中を先導して案内した。

噴水のある場所に来た時、ブラウン殿は突然口を開いた。
「レナス殿…」
「どうされました?ブラウン殿」
私は異国の由緒ある騎士に対して愛想を振り撒きながら接するが、彼の表情はどこか曇っていた。
「ここの修道士の方々は、どうも僧侶にしては金の話をされておられる方が多い気がするのですが」
私は何故か、その発言に針で刺されたような胸の痛みを感じた。
私は雰囲気を取り繕い、自分より背の低い騎士の前に出る。
「現在より十数年前から、修道院は寄付金が昔より少なくなっており…」
「十数年前?私は数年前にマルチェロ殿が団長になる少し前の修道院にも訪れた事がありましたが、その時は寄付金が少ないという話など聞いたことがありません」
ブラウン殿のその発言に、私は思わず後退りをしてしまっていた。
次第にブラウン殿の眼差しが鋭くなっていく。
眼だけを動かし、辺りを詮索するように見渡しているブラウン殿の姿に、私は威圧感さえ感じていた。

ブラウン殿は詮索を終えたのか、視線を私に向けた。
私は思わずドキリとしてしまい、自然と体が僅かにのけ反ってしまっていた。
硬直している私の心情を全く気に留めず、彼は私に淡々とした口調で話し掛ける。
「…そろそろ稽古を始めましょう」
「え…ええ…」
彼は率先して、稽古の場である修道院の表へ向かった。
硬直する余り、すぐには動けなかった私は、当初とは裏腹に、ブラウン殿の後に続く形となった。

合同稽古という名ではあるが、実質的には練習試合と言う方が正しいだろう。
私は愛用のレイピアを、ブラウン殿は鉄の槍を構え、対峙した。
「はじめ!」
審判を務める同僚の合図に伴い、私は素早く彼に攻撃を仕掛ける。
「はあっ!」
ブラウン殿は鉄の槍を振るい、私のレイピアの一突きを弾いた。
私はブラウン殿の反撃に備えようと、身構える。
しかし、守備に徹する私の防御は、彼の鉄の槍の勢いを止めるには力不足だった。
「うわあっ!」
私の体は鉄の槍の一撃に耐え切れず、僅かに宙を舞い、地に落ちた。
私が態勢を立て直そうと身を起こした時、私の喉首には鉄の槍の刃が輝いていた。


その日の夕暮れ、私は帰国の準備をしているブラウン殿を見送ろうとしていた。
「では、ブラウン殿。お気をつけて」
見送りの言葉を送る。
しかし、彼はすぐには去らなかった。
「…レナス殿」
私の名を呼ぶ彼の眼差しは、稽古の最中でさえ見られなかった程の真剣さに溢れていた。
「騎士とは…主を…民衆を護る盾です。故に民衆を責め立てる事はあってはならない。それだけは忘れないでください」
「…!」
「あなたがた聖堂騎士団が何故、多くの金を求めるのか…それを聞くつもりはございません。ですが、騎士が民を苦しめるという事だけはあってはならないと…覚えていてください」

それを最後に、アスカンタの由緒正しき騎士は、この修道院を去っていった。
だが、私の心には彼の言葉が深く刻み込まれていた。


「騎士とは…護る者。苦しめてはならない…」

そして、私は神に誓った。

人々を苦しめず、人々の真の幸せを護る騎士になることを。

例えそれが、私一人だけだとしても…

〜The Fin〜


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