Forgotten city


                                                
                           
 ファイル07                                                         
 クラウド レベル46                                                 
 HP 2567/2567                                             
 MP 476/476                                                 
 じかん 32:46                                                   
 ギル 49994                                                     
 忘らるる都                                                           


   
                       


 エアリスを探して『忘らるる都』と呼ばれている場所を訪れたクラウド達は、
ある建物の中で地下にある神殿のような所にたどり着いた。

 地上の入り口はほんの小さな建物だったのに、ここには信じられないような
空間が広がっていた。どこから取り込んでいるのか、不思議な虹色の光が遥か
上のほうから差し込んでいる。
 現在の建築様式とは明らかに違う、古代種と呼ばれた者達の作りだした空間。
それはまさに忘らるる都の名にふさわしい、それがともに行動していたクラウ
ド、ティファ、レッド・サーティーンの共通した印象だった。
 靄のようなものが立ちこめていてよく見えないが、とにかく下に続いている
階段を降りてみることにした。

 下の階には、意外にも見たこともない石で作られた床が僅かにあるだけだ。
その周りは、上から差し込んでくる光が立ちこめた靄を通過する微妙な加減で、
一層不思議な色をたたえた水に満たされている。流れているわけではないが、
澱んでいるわけでもない。ここに住んでいた者達がいなくなっても、ここの水
は確かに生きていた。
 三人は注意深く辺りを見渡した。言葉にしなくても、ここに何かがある、そ
んな予感があった。しかし、この幻想的な空間の中で、遠慮なく言葉を出すこ
とはためらわれた。なんとなくではあったが、それはかつての住人達に対して
失礼なように思われたからだ。
 クラウドはふと、泉の奥に石のような、木のようなもので出来た、人が歩け
そうな円柱が続いていることに気付いた。
 ティファもレッド・サーティーンもクラウドの視線の先にある道に気付いた。
三人は互いにうなずき合い、クラウド一人だけが慎重に一本目の円柱に向かっ
てジャンプした。何があるかわからないからだ。

 すると突然、立ちこめていた靄が音もなく、一気に晴れた。
 道の先には、質素な円形の祭壇のようなものがあり、そこにはひざまずいて
祈りを捧げている女の姿があった。


「エアリス?」


 クラウドは確かめるようにつぶやいた。しかし、彼女はその声が聞こえなかっ
たのか、何の反応も示さずに祈り続けている。
 ずっと探し求めていたエアリスがそこにいるというのに、クラウドは奇妙な
非現実感を感じていた。まるで知らない人のようだ。駆け寄ろうとするレッド
・サーティーンを無言で制する。ティファはその神秘的な雰囲気に目を奪われ
ていた。

 いや、あれは間違いなくエアリスだ。

 クラウドはそう自分に言い聞かせ、自分を引き留めようとする何かを振り払
うように祭壇へと急いだ。

 エアリスはそこにたどり着いたクラウドには気付かない様子で、静かに祈り
を捧げ続けている。クラウドが祭壇の階段を上りかけたそのとき、酷い頭痛と
めまいがクラウドを襲った。

 この感じは……。

 遠のく意識を引き留めるように、クラウドは頭を振り、階段を上る。
 まるで自分の体ではないような違和感を感じながら、階段を上る。いや、上
っているのだろうか?上らされているのではないのか?しびれた頭の片隅でそ
んなことを考える。
 意識はさらに遠くなっていく。
 祭壇にたどり着いたクラウドは、エアリスに歩み寄った。
 エアリスはなぜか気付かない。
 ことさら酷い頭痛を感じて、クラウドは頭を抱えた。最後に僅かに残った意
識が持って行かれそうになって……

 クラウドの手には刃が握られていた。

 クラウドはエアリスに向かって向き直った。虚ろなまなざしで、幾多の魔物
をほふってきた愛刀を流れるような動作で上段に構える。
 まばたきもせず、クラウドは刃を振りかぶった。

 が、クラウドは耐えた。
 僅かに残る意識が、何とかこの手を振り下ろそうとする強い力に逆らっていた。
でも、その力は余りにも強大で……

「クラウド!」

「何をするんだ!」

 ほぼ同時に放たれたティファとレッド・サーティーンの声が、クラウドに振
り下ろした刃を止めさせた。急激に意識が覚醒する。

「クッ……俺に何をさせる気だ。」

 クラウドはどこかで自分を操ろうとしているセフィロスに向けて、乱れた呼
吸を隠し、忌々しそうにつぶやいた。

 そう、間違いなくセフィロスの仕業だ。一体どこに・・・。

 今初めて気付いたという風に、エアリスがふと顔を上げた。
 その顔は、クラウドに向かって微笑みかけた。
 いつもと何も変わらない、エアリスの優しい微笑。

 ずっと待ち望んでいたその笑顔に再会して、クラウドが思わず我を忘れて思
考を中断した瞬間、何もないはずの空間から、音もなくセフィロスが降りてきた。


 冷たい金属のようなその眼差しとともに。


 エアリスにねらいを定めた正宗を構えて。


 完全に虚を突かれ、クラウドは動けなかった。
 エアリスはクラウドをその澄んだ目で静かに見つめていた。


 エアリスは祈りを捧げていた姿勢そのままに、セフィロスの刃に貫かれた。
 刃は背中からエアリスの体を貫き、胸の真ん中から彼女の赤い血を滴らせた。
 そのまま、エアリスは音もなく崩折れた。

 その時、エアリスの髪から、小さな、透き通ったグリーンの宝石のような丸
いものが落ちた。
 マテリアだ。
 マテリアは、大きく弾んで床に当たる度に、キン、と言う澄んだ音色をいく
つか残してゆっくりと泉の中に消えた。

 そのきれいな音色はどことなくエアリスの声を連想させたが、今となっては、
それはひどく儚いものでしかなかった。



「……エアリス」

 クラウドはエアリスを抱き起こした。

「……ウソだろ?」

 何度も体を揺すり、そう話しかける。

「気にすることはない。間もなくこの娘も星をめぐるエネルギーとなる。」

 クラウドの後ろで、両手を広げ、満足げな表情で天を仰いでいたセフィロス
が独り言のように言った。

「私の寄り道はもう終わった。後は北を目指すのみ。雪原の向こうに待ってい
る『約束の地』。私はそこで新たな存在として星と一体化する。その時はその
娘も…」

「……だまれ。」

 クラウドは肩をふるわせながらセフィロスの言葉を遮った。

「自然のサイクルもお前のばかげた計画も関係ない。」

 僅かに後ろのセフィロスを振り返るが、どうしても目を離すことが出来ず、
すぐまたエアリスの死に顔に目を向ける。口元には、ついさっきクラウドに向
けられていた微笑みが、まだかすかに残っている。しかし、うすく開かれた瞳
には、もう命の輝きが感じられない。そして何より、これが現実だと思い知ら
せるかのように、何も出来なかったクラウドを打ちのめすかのように、エアリ
スの胸元から溢れ出るまだ暖かい血が祭壇の床を真っ赤に染めていた。もう手
の施しようがないのは明らかだった。

「エアリスがいなくなってしまう。」

 瞬きをしたクラウドの目から、涙が一粒、エアリスの体に落ちた。

「エアリスはもうしゃべらない。もう……笑わない。泣かない……怒らない……」

 クラウドは堪えきれなくなったようにエアリスの体に顔を埋めた。

「俺達は……どうしたらいい?」

 エアリスの体は少しずつその温もりを失っていっていた。

「この痛みはどうしたらいい?」

 一度こぼれ落ちた涙はもうどうにも止めようがなくなっていた。

「指先がチリチリする……口の中はカラカラだ……眼の奥が熱いんだ……!」

 セフィロスは首を傾げ、バカにしたように言った。

「何を言っているのだ?お前に感情があるとでも言うのか?」

 その言葉に、クラウドは弾かれたように立ち上がり、叫んだ。

「あたりまえだ!俺がなんだというんだ!」

「クックックッ……悲しむふりはやめろ。」

 セフィロスは笑い続けた。

「怒りにふるえる演技も必要ない。」

 笑いながら、セフィロスの体は宙に浮かんでいく。

「なぜなら、クラウド。おまえは……」

 何か言いかけたまま、セフィロスは消えた。



 言いかけたセフィロスの言葉と共に、全ての音が消えてしまったかのようだ
った。目の前でエアリスを失ったクラウドの「心」がそれを拒んでいたのかも
しれない。

 セフィロスの消えた空間から音もなく魔物が現れた。
 ジェノバ・バース。
 駆け寄るティファとレッド・サーティーンの目の前でクラウドの怒りのリミ
ットが炸裂した。間髪を入れず、ティファとレッド・サーティーンのリミット
が、召還獣がジェノバに襲いかかる。
 しかし、クラウドにはティファもレッド・サーティーンも目には入っていな
かった。クラウドは凍り付いたような表情で、ジェノバに対する攻撃を続けた。

 無言の戦闘がしばらく続いた。

 こちらに大したダメージを与えることもなく、ジェノバは倒れた。
 でも、この勝利はクラウド達にとってあまりにも無意味だった。

 最後に崩れゆくジェノバは言った。

「なぜなら、おまえは……人形だ」

 それはセフィロスの声だった。

「俺が……人形?」

 その言葉の意味が、クラウドにはどうしても理解できなかった。



 この戦いの後、クラウドは、エアリスの体を、あの不思議な色の水ををた
たえた、地上の泉の底深くへと沈めた。そうすることが一番自然なように思
えたからだ。

 沈んでゆくエアリスの顔は、悲しいほどに穏やかだった。




「みんな聞いてくれ。」

 仲間を建物の一室に集め、クラウドは言った。

「俺はニブルヘイムで生まれた元ソルジャーのクラウドだ。セフィロスとの決
着をつけるためにここまでやってきた。」

「……どうしたの?」

 ティファは怪訝そうに言った。
 クラウドは首を振った。

「俺は自分の意志でここまでやってきた……そう思っていた。しかし……」

 クラウドは辛そうに言葉を切った。

「……正直に話す。俺は自分が怖い。」

 苦しそうに宙を仰ぎ、仲間に背を向ける。クラウドは、仲間達がどんな表情
で自分の話を聞いているのか、見たくなかったのかもしれない。

「……俺の中には俺の知らない部分がある。俺はセフィロスに黒マテリアを渡
してしまった。みんなが止めてくれなければ、エアリスをこの手で……。」

 クラウドは苦しげな顔で自分の拳を握りしめた。ティファは握りしめたその
拳にうっすらと血が滲んでいる事に気付いたが、気付かないふりをした。

「……そういう自分が俺の中にいる。俺ではない自分が。」

 諦めたようにクラウドは振り返り、仲間を見た。

「だから俺はもうこの旅をやめた方がいいのかもしれない。とんでもないこと
をしてしまうかもしれない。」

 クラウドは表情をこわばらせ、再び拳を固めた。

「でも、俺は行く。」

 拳がふるえている。

「5年前、俺の故郷を焼き払い、たった今エアリスを殺し、そしてこの星を破
壊しようとしている、セフィロスを……俺は許さない。俺は……俺は、行かな
くてはならない。」

 クラウドは仲間たちひとりひとりを見た。

「……頼みがある。」

 一瞬うつむいたクラウドだったが、すぐに顔を上げた。今までに見せたこと
のない、どこか寂しげな、思い詰めた表情がそこにはあった。傷つけられた子
供のような瞳がとても痛々しかった。

「みんなも来てくれ……るよな?……俺がおかしなまねをしないように見張っ
ていてほしいんだ。」

「……わかった、クラウド。」

 少し間をおいてレッド・サーティーンが静かに答えた。
 クラウドは少しだけ安心したような表情を浮かべ、言葉をつないだ。

「エアリスがどうやってメテオを防ごうとしたのかはわからない。今となって
は俺たちにそれを知る方法もない。……でも!」

 何かを覚悟したかのように、クラウドの顔が引き締まった。
 そう、それは確かに覚悟だったのかもしれない。

「まだ、チャンスはある。セフィロスがメテオを使う前に黒マテリアを取り返
すんだ。」

 その決意は固く、誰にも止めようがないのは明らかだった。そして、そこに
いる誰も、クラウドを止めようとは思わなかった。みんな、同じ気持ちだった。
 仲間達は黙って頷いた。

「行こう。」

 あまりにも大きな犠牲を支払って、彼らは北へ向かって旅立った。
 そう、このあと待ち受ける更なる試練にも気付かないままに……。




 どこからともなく声が聞こえる……。

「なぜなら、おまえは……」


                                                 To be continued...







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