【第16話】

書庫


 キヨさんに案内してもらい、書庫に来た。部屋に入ったらカビ臭かった。長年掃除されてないのだろう。ぼく達は手分けをして本を探した。しかし本当にいろいろな本があった。

 本の見だしを見てみる。

「マリモ生態9月号」「秘密組織チュン●ソフ党の陰謀」「トルネッコの大冒険攻略本〜トラバサミに挟まれたら〜」「スパイ入門講座〜これで拙者もスパイでござる〜」「クヌルップ店長が語るお勧めの一品」「彼女が悪霊に祟られたら〜オカマ編〜」「迷宮君と話そう」

「・・・・・・よくわからない本がいっぱいね」

「うん・・・」

 ぼく達は関係ない本をどんどん端によせ聖痕の本を探した。そのとき、キヨさんが1冊を持ってきた。

「これでございます」

 キヨさんが持ってきたものはギリシャ神話を日本語訳にされたものだった。その中で聖痕という記述があった。

「なになに・・・・・」


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以下は聖痕に関する記述である。


 イエス・キリストがその身に受けた傷と同じ個所に生ずる神秘的な傷のことを言う。

いばらの冠をつけられた頭。釘で打たれた両手、両足。槍で刺された脇腹などで、その場所の皮膚が赤らむ症状も指す。

 最初の聖痕者は聖フランチェスコ、1224年に十字架に架けられた天使セラフィムの幻影を見た後、気絶し、そのあとに聖痕が現われたと言われている。

 聖痕出現者は、多数は女性であるが、男性にもなることがある。大半が宗教上特別重要な時期に出血する。そのことに関して、おもしろい報告がある。聖痕示現者に今日は聖日だと信じ込ませると、普通の日にもかかわらず出血したという。また、聖痕者は自分が見た宗教美術に影響される傾向がある。例えば、キリストが左脇腹を突かれている像を毎日目にしていた人は、聖痕は左側にでき、右脇腹の場合は、やはり右側に聖痕が出現するということが起きたのだ。また、多くの宗教美術では、キリストが傷を受けたのは手のひらと足の甲として描かれている。

実際、聖痕示現者も手のひらと足の甲に傷跡を出現する。

 しかし、これは間違いである。ローマ人は手首とくるぶしに釘を打ったのである。そしてこのことが広まるにつれ、新たな聖痕者は手首とくるぶしに傷跡を現しだした。このことが示唆するのは、聖痕をつくるのは神ではなく、人間自身に内在している信仰の力ではないかということだ。

 つまり「聖痕は強烈な自己暗示が原因」なのである。

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「なるほど・・・・・」

 聖痕の概要がわかった。自己暗示からなる可能性があること、また聖痕は消えたり他のところにできたりすることができるのか。実際に手のひらに杭を打ちこまれても、それではしばらくすると壁からずれ落ちてしまう。そのため、真実は教科書に掲載されているようなキリストの手のひらに打ちこまれたのではなく、手首に杭を打ちこまれたのだ。それが、神の裁きではなく人間の心理的な自己暗示であることを示している。

 ぼくもキリスト信者である。神の存在を信じたいと思っている。そして当然キリストがどうやって殺されたかも本で知っている。聖痕が現れるということも充分あるわけだ。そしてアザは自己暗示や体の体調からおこることが多いのかもしれない。自分のアザの原因がわかって少し安堵した。

 これが具体的な殺人劇の解決にはならなかった。だが、落ち着きを取り戻したせいか、さっきよりは冷静な判断をできるようになった。普通に考えれば、神を信じたいと思っているぼくでさえ、神の裁きによって人が殺されるとは信じられなかった。

 犯人は、きっといる。つまり国内でキリスト信者であり聖痕を持つ者を調べ、ぼく達をの三日月館に誘いこんだ安孫子と仮の名前を使った殺人鬼がいるのだ。

 今生きているのは、この書庫にいるぼくと真理、小林さん、キヨさん、それと応接間にいる、俊夫さん、啓子ちゃん、それに夏美さんの部屋にいる香山さん、それと生死が不明だが、館の外に出ていったと思われるみどりさんの8人だった。

 この中で館の中の行き来をできるのは鍵を持つキヨさん、館の外に何かしらの理由で出ていったと思われるみどりさん、このどちらかが可能性が高いと思われた。もちろん、二人とも殺人をするような人には見えない。だが人の手で殺されたことだと考えると今書庫に一緒にいるキヨさんの存在も不気味に感じる。キヨさんには今までの殺人を行うことができるのだ。人を疑いたくはなかったが、人間が殺したとすればぼく達8人のうちの誰かなのだ。


第17話 俊夫と可菜子

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