【第5話】

香山夫妻


 キヨさんはすぐに手作りクッキーを持ってきたので応接間にいるぼく達はお腹が減っていたこともあってクッキーにぱくついたが、これがすごくおいしかった。

「おいしい~!!!」

「こんなおいしいクッキーどうやってつくるの?」

「後でキヨさんにクッキーの作り方教えてもらおっ!」

 女性陣から絶賛であった。

「これいけるやんか」

「本当においしいですね」

 香山さんと料理の腕には自信がある小林さんもおいしそうに食べていた。とくに香山さんはクッキーをわしづかみにして食べていた。そんなに食べるからお腹がでてくるような気もしたが何も言わなかった。

 そのとき、またノックが聞こえた。キヨさんが現れその後ろで男女の怒鳴りごえが聞こえた。

「あんた、ほんま、曲なんかつくれるんかい!」

「おまえのように、若い女に曲を理解することなんかできるわけがない」

「なんやて!?」

 みんなどうしたんだというばかりに互いの顔を見合わせた。この部屋に二人を連れてきたキヨさんもオロオロとしている。

「あの・・・・皆様の前ですから・・・・・」

 しかし二人は口論を辞めようとしない。怒鳴り声の一人の女性は関西弁で年齢は20歳前後で髪の毛をそめており、色白で美人だがかなり気が強そうな女性だった。

「ほんまにすごい作曲家なら、誰もが感動する曲をつくるんちゃうか?」

「ふん、これだから素人は困る。音楽には各々の好みがあり、ジャンルもばらばらだ。曲というのは、世代によって、そしてそのときのはやりの曲を分析してそのときのニーズを考えなければいかん」

 もう一人口論していた男性は年は40歳前後だろうか。気難しそうな男性で、近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。

「なにが、曲を分類してニーズを考えるや。ほんますごい作曲家なら、売れる曲を作るやなくて自分の好みのジャンルの曲をつくって売れてみ!」

 関西弁の女性も一向に引かない。

「夏美やないかい」

 その様子を見ていた香山さんが夏美と呼ばれる女性に声をかけた。声に反応した夏美さんは香山さんの声に反応した。

「あんた~」

 夏美さんはそういうと香山さんにかけより思いっきり抱擁しぶちゅ~っと一目も気にせずほっぺたに濃厚なキスをした。

「あっ、うらやましい」

「透っ」

 つい出てしまった本能のつぶやきを真理に聞かれつねられた。いたぁ~い。

 抱擁が終わるとほっぺたに口紅がついている香山さんは照れたように夏美さんを紹介した。

「妻の夏美や」


 どしぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!


 みんながあまりのことであんぐりと口をあける。

 春子さんが殺人事件に巻き込まれて新しい妻をめとったってことはさっき船で聞いたが、どうやっても親子くらいの年の差がある。もしや夏美さん、みかけより年とっているとか?

「みなはん、うちの夫がお世話になっとます。香山夏美やさかい。ぴっちぴちの22歳や。よろしう」

 夏美さんは”ぴっちぴち”という言葉を強調してそう言った後、頭をぺこりと下げると

「あんた、おそうなってごめんな」 

 また香山さんにべったりとくっついた。どうみても親子くらい年の差ある。うらやましい。うらやましいぞ。どうやってそんな若くて美人の子、嫁さんにしたんだ!ぼくは香山さんにどうやって夏美さんを口説いたのか聞きたかったがその前に一つの考えが浮かんだ。

「まさか・・・・・・」

「透、口に出しちゃダメよ・・・・」

 ぼくも真理も、そしてそこにいるみんなが考えることは一つだった。香山さんの・・・・・・・・財産目当?

 大阪の会社の社長である。財産目当てで近づくとも考えられなくはない。い、いやしかしそれは考えちゃいけない。でも香山さんのいったいどこに惚れたんだろう。年は50越えているし、お世辞にもハンサムとはいえないし、お腹出ているし、頭はげかけているし、再婚だ。う~む。でも夏美さんに”香山さんのどこに惚れたんですか?”なんてことはさすがに聞けない。

「香山さんのどこに惚れたんですか?」

 ヒィッ!可奈子ちゃんがたずねにくいことを直球で聞いた。

「この人、ごっつ、うちに優しいんや。今でも思い出すなぁ・・・」

 夏美さんは遠い目をした。

「うちが、風邪をひいて寝込んでいるときタチの悪い風邪をひいてしまって起きることもままらんてほんまに死ぬかと思うた。そんとき、この人があたいの入院の手続きをしてくれはって社長で忙しい身なのに、毎日花束贈って見舞いに来てくれたんや。うれしかったわ。あたいは結婚するなら、絶対この人やって思ったんや」

 確かに父娘くらいの年の差はあるが、夏美さんは香山さんの優しさに惚れたらしい。

「あんたら、うちがこの人と財産目当てで結婚したと思うたやろ?」

 うっ・・・・その場にいた全員が固まる。

「まぁ、確かに金持ちは魅力や。食いっぱぐれる心配もないし、男は女を養ってくれると楽や。時代もかわっているさかい。女も働かんといけんし、男の魅力に金もあると思う。そやけど、やっぱり男は優しさやな。女をどれだけ愛せるっちゅかっていうのが大切やさかい。そして、女だけへの優しさやない。他人に対する思いやりがあるかということや。この人わな、社会福祉にもたくさんのお金を寄付してるんや。ただの金の亡者やったら、そんなことせえへん。けど、この人は恵まれない子供達や身体障害者の施設に多額の寄付をしているんや。うち心打たれたわ」

 香山さんがそんなことをしているとは知らなかった。小林さんを見ていると小林さんも驚きの表情を浮かべていた。昔から香山さんと知りあいの小林さんでさえ知らなかったのだろう。

 まったく、夏美さんの言う通りだ。本当の男なら、自分が社会福祉をしているなんて口で人に言ったりはしない。ぼくは、夏美さんが香山さんと財産目当てで結婚したと考えたことを心の中で深く詫びた。

「夏美、その話はせんといてや。恥ずかしいわ」

「そんな恥ずかしがりやのあんたが好きやで~」

「わいも夏美を心から愛してとるで」

「あんた~」

またブチュ~っと音がするくらい香山さんと夏美さんの抱擁がまた始まった。本当にアツアツぶりの二人だ。

「ったく、近頃の若い奴ときたら・・・・」

 その姿を見て、さっきまで口論していた男が不満気に目線をそらした。全員の視線がその男によせられた。

「・・・・・・・村上だ」

 男はそう憮然とした表情で一言いってソファーに座った。村上さんはちょっと近寄りがたい男性だったが夏美さんと香山さんの話しを聞いていてぼくはなんだか心があつくなってしまった。


第6話 水着

前ページ:第4話 「三日月館」に戻ります

目次に戻ります

パステル・ミディリンのトップページに戻ります!