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【10、バロンへ】

 セシルたちがミシディアに戻ると、長老はその変身ぶりに、驚きと感心を隠せずにいた。
そして、実はポロムとパロムを一緒に行かせたのはセシルを疑っていたからだと白状し、申し訳ないとわびた。無論、セシルはそれに対して無理もないことだと言って長老を責めることはなかった。むしろかつての自分の行いを改めて反省したくらいだった。
 長老はセシルがバロンに向かうことは快く承知したが、テラがセシルに同行することに対しては難色を示した。
「テラよ。憎しみの心で相手を倒そうとしてはならぬ。もしそんなことをすれば、おぬしは命を落とすことになるぞ!!」
「かまわぬ!わしはもう充分生きた。娘のアンナの仇がとれるのならばこの命惜しくはない!!」
 長老はまだ何か言いたそうであったが、アンナの仇をとることしか頭にないテラには何を言っても無駄であった。
                    ☆
 長老の予想外のことがもう1つあった。
「長老様、お願いがあります。私とパロムも、セシル様に同行させてください!!」
 ポロムが長老に申し出た。双子はセシルと一緒に戦って彼がすっかり気に入ってしまったのだ。
「しかし・・。」
「なあ、頼むよ!おいら達、あんちゃんと一緒に行きたい!!」
 パロムも長老に懇願する。長老は2人が言い出したらきかないことをよく知っているので、ここは仕方なく承知した。
「セシル殿、この2人をお願いいたしますぞ!!」
「わかりました。」
 こうして4人はバロンへ行くことになった。
                    ☆
 ミシディアで装備を整えてデビルロードを通ってバロンへやってきた4人だったが、バロンの城門は固く閉じられ、中に入ることができなかった。町の人々は、皆暗い顔をしていた。
 セシル達はシドの家に寄った。ニコラはひどく落ち込んでいた。
「父さんが陛下にたてついて城に捕らえられている!どうしたらいいのか・・。」
 いつも前向きなニコラらしくなく、元気がなかった。
「何か他に入り口でもあればなあ。」
 パロムが何気なく言った言葉にセシルはハッとした。
「そう言えば、昔の水路を使えばバロン城内に入れる!」
「ではその水路からまいりましょうか?」
「しかし水路には鍵がかかっている!」
 昔の水路は、今は地下にあり、現在水路としては使用されていないが、城が攻め込まれた時に脱出するための逃げ道として残されているのだった。又、逆にその水路から賊が侵入しないよう、見張りの兵士は水路を見回ることになっている。つまりバロンの見張り兵はその鍵を持っているということである。
「そういえば、酒場にバロンの兵士達がたむろしていてマスターが迷惑しているらしいよ。行ってみたらどう?ああいう所なら情報も入りやすいことだし・・。」
 ニコラに促されて4人は酒場に行ってみることにした。
                    ☆
 酒場には数名のバロンの兵士がいて、酒場のマスターやウェイトレスは確かに迷惑がっていた。バロンの兵士はかなりマナーが悪く、ウェイトレスにからんだり、マスターに悪態をついたりしていた。その中に1人意外な人物がいた。
「ヤ、ヤン!?」
 ファブールのモンク僧長ヤンがいたのだ。ヤンはしかしどこか様子がおかしい。お前など知らんといって酒をガブガブと飲んでいる。ヤンは酒好きではあるが、こんな行儀の悪い飲み方はしない。
「パラディンになったからわからないのか?僕だ!セシルだ!!」
 ヤンはセシルの名を聞くと、カッと目を見開いた。
「セシル、探したぞ!バロン王に逆らう不届き者!!」
 ヤンはセシルになぐりかかってきた。ヤンの目を見ると、あの実直で冷静なヤンの目と違い、何かに取り憑かれたような目をしていた。セシルはヤンを傷つけないように応戦した。何度か峰打ちすると、ヤンは正気に戻った。
「ん?セシル殿!?私は今までいったい何を?」
「良かったヤン。正気に戻ってくれて!」
 ホッと胸をなでおろしたセシルだった。詳しいことはパロムが得意の毒舌を交えてヤンに説明した。恥ずかしさに気落ちするヤンを、ポロムは気にしなくてもいいとなぐさめた。
周りの兵士たちもセシルを見ると、今までの態度を改めた。
「隊長、生きておられたのですね!」
「陛下のことでムシャクシャして悪酔いしていたのです!」
 セシルは兵士たちに、酒場のマスターにきちんとあやまって仕事に戻るようにと、話すと、彼らはその通りにして酒場から出て行った。
「ところで、おぬし。水路の鍵は持っておるのか?」
 テラがヤンに尋ねると、ヤンはいくつかの鍵の束を持っていた。
                    ☆
 たくさんある鍵のうちのどれかを使えば、水路からバロン城に入れるだろうということで、ヤンを加えた5人は、水路へとつながる扉の所にやってきた。いくつか鍵を試しているうちに、扉が開いた。
 水路はモンスターの巣窟と化していた。テラの唱える雷系の黒魔法サンダラの威力で、ほぼモンスターはやっつけられたし、魔力の減りが気になる時は、ヤンが得意の格闘で倒してくれた。
「テラ様も、ヤン様もすごいですわ。」
 ポロムが2人をほめちぎった。テラもヤンも、自分の力に驕るような人間ではないので、そんなことはないと首を振った。ポロムはますます感心した。
「やっぱりその道を極めた方はご立派ですわ!少しばかり魔法ができるからといって威張り散らしている半人前の魔道士とは違いますわね!!」
「な!?それ誰のことだよ!!」
「心当たりがあるのなら、態度を改めたらいいでしょ!!」
 ポロムの痛い皮肉にかなわないパロムは、セシルに助けを求めた。
「なあ、あんちゃん!おいらのことをポロムがバカにする!!ガツンと言ってやってくれよ・・。」
「うーん・・。パロムはパロムらしく頑張っているからいいと思うけれど?」
 いきなり自分に話を振られてセシルは困惑しながら言った。案の定、ポロムは言い返した。
「まあ、セシル様は優しすぎますわ!!こういう生意気な子供には厳しく言ってやらないといけませんのよ!!」
「ヘン、自分だって子供のくせに!!」
 ポロムとパロムはけんかをはじめかけた。あわてて大人3人がとりなす。
「2人ともやめよう!これから戦いになるかもしれないのに!」
「2人が力を合わせれば強力な魔法が使えるのじゃ。けんかならこんな時にやらずともよかろう!!」
「ポロム殿も、パロム殿も立派な魔道士だ。2人そろったらどんな敵でもかないっこない。」
 ポロムとパロムは3人にこう言われてケンカをするべき時ではないと思い、口ではいやがりながらも仲直りした。この2人はよくけんかをするが、ケンカするほど仲が良いという典型のようである。
                    ☆
 少し疲れたパーティは、夜も遅かったのでセシルの家で休み、次の朝、城内へと出向いた。しかし城内には誰もいなかった。
「変だな?兵士がいないなんて・・。」
「とりあえず、進んでみよう。」
 王の間の前の部屋までやってくると、そこに王の側近だったベイガンがいて話しかけてきた。
「おや、これはセシル殿!ご無事でしたか・・。」
「ベイガン!これから僕は陛下に意見しに行く。君も一緒に行かないかい?」
 ベイガンはいやにあっさり承知した。しかし何歩も歩かないうちに、ポロムとパロムが奇妙なことを言い出した。
「何かすごく嫌な臭いするぜ!」
「本当ですわ。魔物の臭いがしますわ!」
 2人の言葉を聞き、ベイガンは汗をかいていた。
「へ、変ですね・・そんなはずないのですが・・。」
 しかし2人はベイガンから確かに魔物の臭いがするのを嗅ぎ取った。
「おっちゃん、いつまでくさい芝居つづけるつもりだよ!」
「私達をだまそうとしてもそうはいきませんわ。」
 2人の嗅覚は見事なものだった。セシルは半信半疑でベイガンに確かめた。
「ベイガン、まさか君もゴルベーザの・・。」
「フフフ、ばれてしまいましたか?ゴルベーザ様は私にこんなすばらしい力を与えてくださいました。今からあの方が私に与えて下さった力を、思う存分見せ付けて上げましょう!!」
 ベイガンはそう言って、正体を現し、5人に襲い掛かった。
                    ☆
 ベイガンの顔は蛇のようで、左手、右手が異常な動きを見せる。彼は身体を改造してもらったのである。セシルは何度か腕を斬り落としたが、すぐに腕は再生する。
「セシルよ、こいつは爬虫類の力を宿しておるようじゃ。身体を狙うのじゃ!!」
 テラの言葉に従い、皆ベイガンの身体を攻撃した。ベイガンはやがてセシルに心臓を突かれて息絶えた。それと同時に両手も動かなくなった。
「まさかベイガンまでモンスターになっていたなんて・・。」
 セシルはベイガンを苦手とは思っていたが、それなりに尊敬していたのでショックだった。
「セシル殿、ひょっとしたらバロン王も・・?」
「ああ・・。とにかく行ってみよう!!」
 セシルは息をのんで王の間に行った。
                    ☆
 バロンは玉座に座っていた。やはり以前とどこか違うような気がする。ポロムとパロムはさっきよりも魔物の臭いが強いとささやきあっていた。
「陛下、いやバロン・・。あなたにききたいことがある!!」
「ほう・・。やっと来たか?それにしてもその姿は何じゃ!?せっかく暗黒剣を身に着けてやったというのに・・。」
 バロンはセシルをにらみつけた。あの優しいバロンの目と違い、凍りつくような冷たい目をしている。
「バロン、事と次第によってはあなたを斬らねばならない!!僕やカインを育ててくれた優しいあなたは一体どこへ行ったのです!?」
 バロンはそれを聞き、笑い出した。その声はバロンのものではなかった。
「奴ならこのオレが倒した!まことおろかな男だったぜ!!」
「!!貴様、何者だ!?」
 セシルはやっとこのバロンが真っ赤な偽物であることに気づいた。偽バロンは下卑た笑い声と共にその正体をあらわした。身の丈2メートルほどの青い蜘蛛のようなモンスターだった。バロンは心変わりしたのではなく、この魔物に殺されて取ってかわられていたのだとセシルは悟った。
「オレはゴルベーザ様に仕える四天王の1人、水のカイナッツォ!スカルミリョーネの仇、取らせてもらうぜ!!」
「僕だって負けはしない。陛下の仇をとらせてもらう!!」
 セシルは身体に闘志をみなぎらせて伝説の剣を構えた。
                    ☆
 カイナッツォは水属性を持つモンスターなので、雷系の攻撃に弱いことをテラは見抜いた。カイナッツォは水のバリアを張って攻撃から身を守ったが、テラやパロムのサンダラによってバリアを破られ、ダメージを食らう。
「奴が水をためて津波攻撃をしてくる前にダメージを!!」
 セシル達の作戦が功を奏し、カイナッツォは意外にあっけなく倒された。
「クックック!これで勝ったと思うなよ!!」
 カイナッツォは不気味に言い残して息絶えた。セシル達はスカルミリョーネのときの事も考えて、何かまだ罠があるのではないかと考え、うかつに動けなかった。しかし玉座の周りには特に何もなく、カイナッツォの死体も動かなかった。
「どうやら考えすぎのようだぜ。」
「そのようですわね。」
 セシルたちはこれですっかり油断をしてしまった。そして王の間から出て行くと、扉は閉まり、壁がどんどん押し寄せてくる。
「クックック!逃がしはしない!!オレは寂しがり屋なのだ。お前達もこのオレと道連れにしてやろう!!」
 カイナッツォのいやらしい笑い声が響いている。
「クソッ、このままでは押しつぶされてしまう!!」
「無念じゃ!せっかく奴を倒したというに・・。」
 大人たちが慌てふためいていると、双子の魔道士が、いつになく仲良くうなずきあい、彼らに神妙な面持ちになり、やがてかすかな笑みを浮かべて言った。
「あんちゃん、楽しかったぜ!!」
「セシル様、テラ様、ヤン様。お世話になりました!!」
そして2人はそれぞれ迫ってくる壁の前に立ち、二人の心を一つにしてある魔法を唱えていた。あらゆるものを石に変えてしまうという黒魔法ブレイク。それを彼らは何と自分たちにかけたのだった。
「何ということを・・!!このような幼子が・・!!」
 ショックのあまりヤンは動けなくなった。テラはすぐにエスナをかけて2人の石化を解こうとしたが、無駄だった。2人の石になるという意思が強すぎて、すべての状態治療を治すといわれるこの白魔法も役に立たなかったのだ。
「早まりおって!石になるならこの老いぼれで良かったものを・・。」
 テラの目に涙があふれでる。孫のような幼児が自らの身を挺して自分たちを守ったのだ。できればかわってやりたいくらいである。
「ポロム、パロム・・ありがとう!!」
 セシルの目にも涙が浮かんでいた。しかし彼らはここにずっと留まっているわけにはいかなかった。城内に偽バロンに捕えられた者がいるかもしれない。彼らを助けなければと、セシル達は城内を見回りした。
                    ☆
 地下に行くと、シドが牢から抜け出して怒鳴っていた。セシルは彼らしいと苦笑した。セシルからあらかたの事情を聞くと、シドは、ローザを助けねばと言ってセシル達と行動を共にすることにした。
「大事な恋人をさらわれるとは何という情けない!!カインもカインだが・・。」
 シドはこう言って娘同様に可愛がっていたローザの身を案じた。
「それもこれもお前やカインがふがいないからだ!こうなったら何としてもローザを救い出さねば・・!!」
 そしてカインもと、セシルは思った。今はゴルベーザの手下となっているが、きっと彼のことだから改心してくれるとセシルは思う。問題は2人が今どこにいるかである。
「奴らのねらいがクリスタルなら、クリスタルのある場所に行けば奴らの動きがわかるかもしれんぞ!!」
 シドはそう言って彼自慢の飛空艇エンタープライズ号を動かせるように準備しておいた。セシル達はベイガンやカイナッツォとの戦いで疲れているし、ポロムやパロムのことで気がめいっていた。そんな彼らをなぐさめるかのように、シドは、今夜は自分の家で飲もうと、彼らを誘った。
                    ☆
 シドが解放されて一番喜んでいたのは、当然といえば当然なのだが、娘のニコラだった。もっとも口の悪い彼女は、素直にそれを言葉にはしなかった。
「年甲斐もなく動き回っているからそういうことになるのよ!!」
「何だと?せっかくお前に顔を見せてやろうと出てきてやったのに!!」
 2人は憎まれ口をたたいて口げんかしているが、実はこれが彼らのコミュニケーションなのだ。
「騒々しい親娘じゃのう・・。」
 テラは呆れていた。だが少し羨ましいと思った。ニコラはアンナより1つ年上で、性格的にも外見的にも全く似てはいないものの、テラはアンナを思い出さずにはいられなかった。
「それはそうと、セシル。カインがローザをさらっていったって本当なの!?」
「ああ。もちろんカインはゴルベーザに操られているだけだろうけど。」
「うん・・。あたしもそうだろうとは思うけど・・。」
 ニコラはカインがローザを好きなことを考えて、まさかそのためにゴルベーザに寝返ったのかもしれないと嫌なことを考え、それを口にしてしまった。セシルはそれを聞きとがめて否定した。
「カインがローザを好きなことなら僕も知っているよ。だけどカインはそんな男じゃない。君だってそれはよく知っているだろう?」
「うん、そうだね。あんたの言うとおりだよ。あたしはカインを信じているよ!!」
 ニコラは彼女らしい笑顔になって明るく言った。セシルはニコラに、ローザとカインは必ず連れて帰ると約束した。
                    ☆
 このあと彼女はシドに言われるまでもなく、セシル達を暖かくもてなした。テラは、ニコラはややガサツな所があるものの、サッパリした気持ちの良い娘だとほめちぎっていた。
「おぬしは本当に良い娘を持ったのう・・。うらやましいわい!!」
「じじい、お前も意外に人を見る目があるな!」
 第一印象では何となくウマがあわないテラとシドだったのだが、酒とニコラのおかげで打ち解けたようだった。

第11話 「土のクリスタル」に行きます
第9話 「試練の山」に戻ります
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